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■退職理由を公言しないよう約束させることについて考える

 上司からのハラスメント被害を訴えていた従業員が退職することになった。上司を厳重注意し、ハラスメント自体は解決しているが、その上司と職場で顔をあわせることが苦痛であるため退職したいとのこと。

 会社としては、ハラスメントへの対応はしっかりしたが、後日退職した従業員がSNS等に上司のハラスメントや会社の対応および会社の評判を落とすような投稿をしたりすることがないよう、公言を禁止する約束を交わしておきたいと思うのだが、どのようにすればよいか。

 就業規則や労働契約書にあらかじめ退職後の秘密保持義務や名誉棄損行為の禁止を含めておけば、会社は、従業員に対し、退職後も当該規定をもとに義務違反を主張し、退職理由や社内事情をSNS等に情報発信しないよう求めることができます。

 そのような規定がない場合は、退職に際して退職合意書を交わして、この合意書に退職後の守秘義務や名誉棄損行為の禁止を定めることが必要になります。労働者の同意を得るための手段として退職合意書において、会社から一定額の金銭の支払を合意することも可能ですが、会社としては、退職合意書の内容を従業員に理解させ、労働者が自らの意思でそれに同意してくれるよう、誠実に対応すべきと考えます。

 

<POINT1.就業規則や労働契約書の規定>

 就業規則や雇用契約書において、退職後も守秘義務を順守することや会社の名誉や信用を棄損する行為の禁止を規定している場合には、これに基づいて、退職社員にSNSで情報発信し会社の名誉や信用を害することがないように求めることができます。

 しかしながら、定めがあまりに抽象的である場合、予防効果もそれほど期待できません。

 このため、最近では、守秘義務等の規定に加え、すべての従業員(退職者を含む。)を対象として、就業規則にSNS等への業務内容等に関する不適切な書込みを禁止する旨具体的に規定し、さらに、SNS等への書込みに関する具体的な行動規範を社内規程やガイドラインにおいて定めることで、禁止行為の範囲を明らかにしている企業が増加しています。

 就業規則等社内規程には、

  1. 勤務時間中や会社施設内での書込みの禁止、
  2. 会社や顧客等に関する書込みの禁止 に加え、
  3. 不適切な投稿の報告義務および削除義務

の規定ももうけておくべきと考えます。

 この就業規則等社内規程については、就業規則の一部として位置づけ、就業規則の変更手続(労働契約法11条、労基法89条・90条)を行いましょう。

 つまり、使用者が、変更後の就業規則を社員に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則変更にかかる事情に照らして合理的なものであるかぎり、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるもの(労働契約法10条)となります。

 社内規程等も含めたこの変更は、就業規則の不利益変更との考えも一定数あると考えますが、近時の社会情勢を鑑みると、合理的な変更であると考えられます

 このような定めをしておけば、この規定に基づき、退職社員にSNS等への不適切な書込みを行わないよう、確実に求めることができます。

 

<POINT2.退職合意書の締結>

 就業規則や労働契約書において、そのような規定がない場合は、退職に際して退職合意書を交わして、同合意書に退職後の守秘義務や名誉棄損行為の禁止を定めることが必要となります。

 この合意書において重要なことは、単に守秘義務を負うとするのではなく、その対象として、企業の業務に関することに加え、退職合意書を締結することとなった経緯、退職合意書の存在およびその内容も含めておくことです。これにより、ハラスメントという退職の経緯についても退職者は守秘義務を負うこととなります。

 なお、合意書の締結に際し、会社が一定の金銭を支払うことも特に珍しいことでもなく、法律上も有効です。「口止め料」ということでは公序良俗という観点から適切ではないと考えますが、「特別退職金」等の名目で金員を支払う合意をすることは可能です。

 

<POINT3.信義則上の義務の有無>

 就業規則や労働契約書に明文規定がなく、退職合意書も締結できなかった場合は、労働契約を締結していた信義則上の義務として、会社の営業秘密についても秘密保持義務は一定の場合退職者に認められることがありますが、ハラスメント等のたんなる社内事情についてまで守秘義務を負わせることは認められないと考えられます。

※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております※


《参考となる法令・通達など》

  • 労働契約法11条、12条
  • 労基法89条、90条