育児休業から復帰した従業員がいる。本人からの希望で原職復帰させたが、復帰後は能力低下により原職の業務を継続することは困難な状況である。
そこで配置転換させたいと考えているが、育児休業から復帰した者の配置転換は法律に定める「不利益取扱い」とみなされるのか。
育児休業の申し出または取得を契機として行われた不利益取扱いは、円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性があり、その必要性の内容や程度が不利益取扱いにより受ける影響の内容や程度を上回ると認められる特段の事情がある場合や、本人が当該取扱いについて同意するような合理的な理由が存在する場合を除き、原則として育児休業の申し出または取得を理由とした不利益取扱いにあたります。
能力不足が育児休業終了後に顕在化したのであれば、1年程度は本人に対する研修や指導に努め、能力向上を図るように努めるべきとの見方が少なくありません。1年を待たずに「不利益な配置の変更を行うこと」は、上記の特段の事情の存否が厳しく問われることになりますので、能力不足のため配置転換せざるを得ないことおよび不利益取扱いの内容や程度がバランスを失していないこと等の立証が十分できる場合にかぎるべきと考えます。
<POINT1.育児・介護休業法に定める不利益取扱いの禁止>
育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(以下「育児・介護休業法」という。)第10条は、事業主は、労働者が育児休業・出生時育児休業を申出・取得したこと、出生時育児休業の期間中の就業の申出・同意をしなかったこと等を理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならないと規定しています。
また、介護休業、子の看護休暇、介護休暇、所定外労働の制限、時間外労働の制限、深夜業の制限、妊娠・出産等をしたこと、所定労働時間の短縮措置等について申し出をし、またはこれらの制度を利用したことを理由とする解雇その他不利益な取扱いについても禁止されます(育児・介護休業法16条、16条の4、16条の7、16条の10、18条の2、20条の2、21条2項、23条の2)。
不利益な取扱いについては、「子の養育又は家族の介護を行い、又は行うこととなる労働者の職業生活と家庭生活との両立が図られるようにするために事業主が講ずべき措置等に関する指針」(平成21年厚生労働省告示第509号。以下「指針」という。)において、次のような例が掲げられています。
- 解雇すること
- 有期雇用労働者について、契約の更新をしないこと
- あらかじめ契約の更新回数の上限が明示されている場合に、その回数を引き下げること
- 退職または正規雇用労働者をパートタイム労働者等の非正規雇用労働者とするような労働契約内容の変更の強要を行うこと
- 自宅待機を命じること
- 労働者が希望する期間をこえて、その意に反して所定外労働の制限、時間外労働の制限、深夜業の制限または所定労働時間の短縮措置等を適用すること
- 降格させること
- 減給をし、または賞与等において不利益な算定を行うこと
- 昇進・昇格の人事考課において不利益な評価を行うこと
- 不利益な配置の変更を行うこと
- 就業環境を害すること
- 派遣労働者として就業する者について、派遣先が当該派遣労働者にかかる労働者派遣の役務の提供を拒むこと
<POINT2.育児休業の申し出、取得と不利益取扱いとの関係>
育児休業の申し出または取得を契機として行われた不利益取扱いは、円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性があり、その必要性の内容や程度が不利益取扱いにより受ける影響の内容や程度を上回ると認められる特段の事情がある場合や、本人が当該取扱いについて同意するような合理的な理由が存在する場合を除き、原則として育児休業の申し出または取得を理由とした不利益取扱いにあたります(平28.8.2職発0802第1・雇児発0802第3)。同通達では、育児休業の申し出または取得を「契機として」行われた不利益取扱いであるか否かは、育児休業の申し出または取得をしたことと時間的に近接しているかで判断するとされており、この点について、厚生労働省「妊娠・出産・育児休業等を契機とする不利益取扱いに係るQ&A」(以下「厚生労働省Q&A」という。)は、妊娠・出産・育児休業等を理由とする不利益取扱いについて共通した考え方を示しており、原則として妊娠・出産・育児休業等の事由の終了から1年以内に不利益取扱いがなされた場合は、「契機として」いると判断するとしています。
また、1年をこえている場合であっても、実施時期が事前に決まっている、または定期的になされる措置(定期的な人事考課の時期に不利益な評価や降格を行う等)については、事由の終了後の最初のタイミングまでの間に不利益取扱いがなされた場合は、「契機として」いると判断するとしています(人事考課が1年をこえる期間ごとに行われるような場合には、事由が終了して1年をこえた後の最初の人事考課の時期までの間となります。)。
なお、育児・介護休業法に関する基本通達は、平成21年12月28日付け職発第1228第4号・雇児発第1228第2号(育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律の施行について)でしたが、平成26年10月23日の最高裁判決(いわゆるマタニティハラスメント判決)を踏まえて発出された通達(平27.1.23雇児発0123第1)により、育児休業の申し出または取得を理由とする不利益取扱いに関する部分が改正され、その後、雇用保険法等の一部を改正する法律(平成28年3月31日公布、平成29年1月1日施行)による育児・介護休業法の改正にともない、平成21年12月28日付けの基本通達は廃止され、現在は、平成28年8月2日付け職発0802第1号・雇児発0802第3号(育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律の施行について)が基本通達となっています。
厚生労働省Q&Aは、平成27年1月23日付け雇児発0123第1号による廃止前の平成21年12月28日付けの基本通達の一部改正時に同改正通達と同日付け(平成27年1月23日付け)で公表されているものです。
<POINT3.不利益取扱いとならない特段の事情>
育児休業の申し出または取得を契機とした不利益取扱いであっても、業務上の必要性から不利益取扱いをせざるを得ない状況であり、かつ、業務上の必要性が不利益取扱いにより受ける影響を上回る特段の事情がある場合は、育児休業の申し出または取得を理由とする不利益取扱いではないと解されます(前掲通達)。
そして、業務上の必要性から不利益取扱いをせざるを得ない状況であるかについては、本人の能力不足等を理由とする場合は、次の事項等を勘案して判断するとしています(厚生労働省Q&A)。
- 妊娠
- 出産
- 育児休業等の事由の発生以前から能力不足等を問題としていたか
- 不利益取扱いの内容、程度が能力不足等の状況と比較して妥当か
- 同様の状況にある他の労働者に対する不利益取扱いと均衡が図られているか
- 改善の機会を相当程度与えたか否か(妊娠・出産・育児休業等の事由の発生以前から、通常の労働者を相当程度上回るような指導がなされていたか等)
- 同様の状況にある他の労働者と同程度の研修・指導等が行われていたか
- 改善の機会を与えてもなお改善する見込みがないと言えるか
<POINT4.育児休業から復帰した社員の配置転換について>
前述したとおり、不利益取扱いの例として「不利益な配置の変更を行うこと」があります。あくまで不利益な配置の変更ですから、配置の変更がなされても不利益とならなければ問題は生じません。例えば、賃金その他の労働条件に変化がなく、職制上の地位等も変更の前後で同等であれば、不利益な配置の変更とはいえません。前掲通達では、配置の変更が不利益取扱いに該当するか否かについては、配置の変更前後の賃金その他の労働条件、通勤事情、当人の将来におよぼす影響等諸般の事情について総合的に比較考量の上、判断すべきものであるとし、例えば、通常の人事異動のルールからは十分に説明できない職務または就業の場所の変更を行うことにより、当該労働者に相当程度経済的または精神的な不利益を生じさせることは、「不利益な配置の変更を行うこと」に該当するとしています。
<POINT5.お題の場合の考え方>
- お題によれば、能力低下が著しいため配置転換させたいということですが、配置転換により、当該社員に何らかの不利益が生じることを前提にしていると思われます。不利益がともなう配置転換を育児休業の終了時から近接した時期(1年以内)に行うのであれば、育児休業の取得を契機として行われた不利益取扱いということになります。
お題では、いったん原職に復帰させた後に配置転換するということですが、育児休業の終了時から1年以内の不利益取扱いであれば、「契機として」行われたことになり、いったん原職に復帰したことは「契機として」の解釈に影響するものではないと解されます。育児休業の取得を契機として不利益取扱いが行われた場合は、原則として育児休業の取得を理由として不利益取扱いがなされたと解されるものであり、それが否定され、育児・介護休業法第10条には違反しない取扱いとされるためには、いわゆる「特段の事情」が存在することが必要となります。 - 不利益取扱いとして考えられことは、配置転換の前後で適用される職務給が異なるため配置転換後の賃金が結果として減額になることや、配置転換前より低位の職能等級に位置づけられるといったことが考えられます。「不利益な配置の変更を行うこと」が、円滑な業務運営や人員の適正配置の確保の観点から必要であり、かつ、業務上の必要性が不利益取扱いにより受ける影響を上回る特段の事情があれば、育児・介護休業法第10条に規定する不利益取扱いではないことになります。能力不足により業務を処理できない等の事情がある場合は、一般に配置転換の必要性が認められるところですが、不利益取扱いについては、業務上の必要性と本人への影響が比較されますので、賃金の減額等の不利益取扱いの内容やその程度が問題となります。能力不足を理由とするのであれば、一般に求められる職務遂行能力と比較して妥当と考えられる不利益取扱いの内容および程度とすべきであり、説明が困難な大幅な賃金の減額等はできません。
- お題では、育児休業取得以前から能力不足を問題にしていたのか、育児休業終了後に能力不足が顕在化したのかは判然としません。育児休業取得以前から能力不足を問題とし、本人に対し相当程度の改善の機会を与えたり、通常の労働者を相当程度上回るような指導がなされていた場合は、「特段の事情」があると認められ、育児休業終了後に「不利益な配置の変更を行うこと」も、育児・介護休業法第10条に規定する不利益取扱いにはならないとされる可能性が高くなります。これに対し、育児休業終了後に能力不足が顕在化したのであれば、より慎重に対処する必要があります。育児休業によるブランクがあるにもかかわらず復帰後ただちに100%の能力発揮を求めることは困難な場合もあります。育児休業期間中に業務内容の変更や追加があったため対応に時間がかかるといったことも考えられます。この場合は、1年以内の不利益取扱いが育児休業の取得を「契機として」行われたことになるという考え方を踏まえ、1年間は本人に対する研修や指導に努め、能力向上を図るように努めるべきでしょう。それでもなお能力不足により配置転換せざるを得ない場合は、真に能力不足による配置転換であり、育児休業の取得を理由とする不利益取扱いではないと判断されることになると思われます。1年を待たずに不利益取扱いをすることは、「特段の事情」の存否が厳しく問われるため、能力不足のため配置転換せざるを得ないことおよび不利益取扱いの内容や程度がバランスを失していないこと等の立証が十分できる場合に限るべきと考えます。
※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております※
《参考となる法令・通達など》
- 育児・介護休業法10条、16条、16条の4、16条の7、16条の10、18条の2、20条の2、21条2項、23条の2
- 均等法9条3項
- 平21.12.28厚労告509
- 平28.8.2職発0802第1・雇児発0802第3
- 妊娠・出産・育児休業等を契機とする不利益取扱いに係るQ&A(平成27年1月23日、厚生労働省)
《参考となる判例》
- 広島中央保健生活協同組合事件[最判平26.10.23]