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■テレワークを前提に採用した従業員の配置転換による出社勤務を求めることの可否について考える

 当社では、入社時に、従業員の希望により出社勤務とテレワークのうちから勤務形態を選択させている

 このたび、テレワークを前提に入社した従業員を配置転換し、出社勤務とすることを検討しているが問題ないか。

 お題では、入社時に従業員に出社勤務かテレワーク勤務かのいずれかを選択させているということですから、テレワーク勤務を選択した従業員については、逆に出社勤務を命じないことを前提に採用したことになり、会社は自ら配転命令権に制約を設けたこととなります。

 このため、後になって業務上の必要性が生じたとしても、会社が一方的に出社勤務を要する部署に配置替えし、出社勤務を求めることはできません。

 もっとも、配転命令権は、あくまで使用者が従業員に対し一方的に配置転換を命じるためのものですから、会社から当該従業員に対して業務上の必要性を丁寧に説明し、場合によっては通勤に関し何らかの便宜を図ったり、処遇の改善を行うなどにより、当該従業員の承諾を得て配置転換を行うことは可能です。

<POINT1.配転命令権>

 使用者は、労働契約上当然に、従業員に対して一方的に配置転換を命じる権利、すなわち「配転命令権」を有するものではなく、配置転換を命じるためには、あくまでも労働契約上、その権限が使用者側に設定されていることが必要です。

 この配転命令権の設定については、就業規則に規定されるのが一般的ですが、個別の労働契約書等においてなされる場合もあります(配転命令権に関しては、前掲のお題「使者は自由に配転・転勤を命じることができるか」■使用者は自由に配転・転勤を命じることができるか - Epic & company ページ!参照)。

 従来、いわゆる「正社員」などの無期雇用の従業員に関しては、就業規則で当然のように、使用者に広範な配転命令権がある旨を規定していました。近時においては、「限定正社員」など、無期雇用の従業員でも就業場所の範囲等に制限のあるものが見られるようになってきており、配置転換を命じる(命じない)範囲もさまざまに設定されるようになりました。このため、個々の労働契約において配転命令権の有無や範囲がどうなっているかも確認することが重要となっています。

 

<POINT2.個別労働契約と就業規則の規定>

 お題では、入社時に従業員の希望により「出社勤務かテレワーク勤務かのいずれかを選択させている」ということで、テレワークを選択した従業員については、逆に出社勤務を命じないことを前提に採用したことになり、会社は自ら配転命令権に制約を設けたことになります。

 就業規則にどのように規定されているかについては、お題からは不明ですが、個別労働契約締結の段階で従業員の意向を聞いているので、個別労働契約において合意が成立していることは明らかです。

 労働契約法第12条では、「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。」と規定されており、また同法第7条ただし書では、「ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。」と規定されています。

 このため、配転命令権の範囲が、就業規則よりも個別労働契約での取決めの方が狭い場合や、個別労働契約で配転命令権が排除されている場合には、個別労働契約の内容の方が労働者にとって有利であるため、就業規則上、配転命令権に関する規定が存在していたとしても、その規定は当該労働契約には適用されないことになります。

 

<POINT3.お題のケース>

 以上を踏まえると、お題のケースでは、当該従業員との間にテレワーク勤務ができる部署や業務に限るとの合意が存在している以上、後になって業務上の必要性が生じたとしても、会社が一方的に出社勤務を要する部署に配置替えし、出社勤務を求めることはできません。よって、当該従業員が引き続きテレワーク勤務を希望している場合には、当然ながらその意思を尊重する必要があります。

 もっとも、配転命令権は、あくまで使用者が一方的に配置転換を命じるためのものですから、会社から当該従業員に対して業務上の必要性を丁寧に説明し、場合によっては通勤に関し何らかの便宜を図ったり、処遇の改善を行うなどにより、当該従業員の承諾を得た場合には、当初の合意内容を変更して配置転換を行うことは可能です。

 

<POINT4.参考裁判例>

 近時の裁判例として次の2つがあります。

1.在宅勤務者に対する一時的な出社命令の有効性が争われたもの

 労働契約書では、就業場所について「本社事務所」と記載されていましたが、裁判所は、採用時のやり取りで会社代表者が「デザイナーは自宅で勤務をしても問題ない」「リモートワークが基本であるが、何かあったときは出社できることが条件である」旨を伝え、実際、採用後に初日のほか1日しか出社していなかったことなどを踏まえ、「本件労働契約においては、本件契約書の記載にかかわらず、就業場所は原則として労働者の自宅とし、会社は、業務上の必要がある場合に限って、本社事務所への出勤を求めることができると解するのが相当である。」としました。

 そして問題となった出社命令に関しては、業務上の必要性がなかったとして無効と判断したもの(アイ・ディ・エイチ事件[東京地判R令4.11.16])。

2.職種限定の合意がある場合の配転命令の有効性が争われたもの

 A社会福祉協議会は、福祉用具の改造・制作、技術の開発などの技術職として採用され、約18年当該業務に従事していた労働者に対し、総務課の施設管理担当者へ配置転換する命令を出しました。

 最高裁は、一般論として、「労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと解される。」としました。

 また、本件については、採用の経緯や技術者としての長年の勤務などを考慮し、職種および業務内容を技術職に限定する旨の合意があったことを認定し、Aは労働者の同意を得ることなく総務課施設管理担当への配置転換を命ずる権限をそもそも有していなかったものというほかない、としたもの(滋賀県社会福祉協議会事件[最判R6.4.26])。

※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております※


《参考となる法令・通達など》

  • 労働契約法7条、12条

《参考となる判例》

  • アイ・ディ・エイチ事件[東京地判R令4.11.16]
  • 滋賀県社会福祉協議会事件[最判R6.4.26]