当社の従業員Aが離婚し、毎月の給与から養育費を支払うことになったとそうなのだが、給与を自分で使ってしまい、養育費の支払いが滞っていたようで、この度、裁判所からAの給与を差し押さえる旨の連絡があったのだが、この場合、Aの給与はどの範囲まで差し押さえられるのか。
賃金も金銭債権ですから、従業員の債権者から、一般の債権の場合と同じように強制執行の規定が適用され、差押えや仮差押えをすることができます。したがって、差押えの効力が生じた場合は、会社は差押え債務者である労働者に対して賃金を支払うことが禁止されます。
ただし、賃金は生活を維持するために必要な金銭であることから、民事執行法によりその支払期に受けるべき給付の4分の3に相当する部分は差押えが禁止されています。
したがって、差押え可能であるAの給与の4分の1の範囲までを、債権者に対して支払うことになります。ただし、養育費については、特例があり、賃金の2分の1に相当する部分までが差押え可能となっています。
<POINT1.養育費とは>
養育費とは、子供が成長するまで必要な費用とされ、具体的には成人とみなされる18歳までの子が自立するまでの費用で、衣食住に必要な経費、教育費、医療費などになります。民法第766条第1項で、離婚後の子の監護に関する事項として規定されており、また、母子及び父子並びに寡婦福祉法において扶養義務の履行が規定され、養育費支払いの責務等が明記されています。
養育費の趣旨からみて、支払終期は必ずしも成年年齢と連動するものではなく両親の経済能力、子の進路の意向などを勘案して子が自立できる時期を考えることが妥当であると言われています。つまり、個々の事情は違っていても、養育費の支払終期は18歳とか20歳とかで区切るのではなく、相応の時期とすることが望ましいと考えられております。
また、養育費は、親が子を育てる費用であることから、受け取った養育費の所有権は子を養育する親にあり、一方の支払う親の生活に余力がなくとも負担義務がなくなることはありません。
養育費の請求は、子供に必要がある限り、いつでも請求でき、養費の支払いが履行されない場合は、督促や家庭裁判所からの履行勧告が行われ、それでも支払われない場合、履行命令を発してもらい、最終的には裁判所に強制執行を申し立てることになります。
養育費の強制執行については、平成16年の民事執行法の改正で、差押えができる範囲や強制執行手続きがやりやすくなっています。
<POINT2.賃金からの差押え>
賃金については、労働基準法第24条により、その全額を直接労働者に支払うことが義務付けられていますので、賃金が差し押さえられた場合に、会社が債権者に、賃金を支払うことが全額払いや直接払いの原則に抵触しないかが問題となります。
この点については、労働者が税金を滞納した場合や金銭債務がある場合に、国税徴収法、民事執行法に基づく差押えは正当行為とされ違法にはならないとされています。
差し押さえる財産としては、不動産、動産、債権がありますが、効果的で確実なものは賃金や預金口座の債権差押えということになります。
養育費については、その途中で支払われなくなることが多く、養育費を支払う約束をしている文書や公正証書等が作成されていれば、裁判所が命令すれば賃金の差押えなどの強制執行が簡便に行うことができます。
強制執行の実行については、まず裁判所に強制執行の申立てをする必要があり、その際、相手方・債務者のどの財産を対象とするのかを特定する必要があります。しかし、相手方がどのような財産を有しているか不明であることが多々あります。そこで強制執行が規定されている改正民事執行法が令和2年4月に施行され、財産を明らかにする2つの方法を整備しました。
- 財産開示手続:債務者に自己の財産を開示させる手続きを見直し、債務者の不出頭等に対する罰則を強化。
- 第三者からの情報取得手続:第三者から債務者の財産に関する情報が取得できる手続を新設。つまり、預貯金等については銀行等に対し、不動産については登記所に対し、勤務先については市町村等に対し、強制執行の申立てに必要な情報の提供を命じてもらうことができることとなった。
<POINT3.差押えの限界>
差押えがあった場合、使用者は直接債権者に支払っても労働基準法違反となりませんが、その支払額について「限度額」があり、その限度額について、民事執行法第152条に規定されており、一賃金支払期の賃金額の4分の3に相当する部分、またはその額が民事執行法施行令第2条で定める額(33万円)は差押えが禁止されています。
したがって、差押えができる金額は、賃金額の4分の1までか、賃金額が33万円を超える場合は33万円を控除した全額が差押えできることになります。
なお、この場合の賃金額とは、税金、社会保険料、通勤手当等を控除したいわゆる手取りの賃金額とされています。
ただし、養育費については、特例として、賃金の2分の1まで差押えができることから、差押えができる金額は、賃金額の2分の1までか、賃金額の2分の1が33万円を超える場合は33万円を控除した全額が差押えできることになります。なお、役員報酬についてはこの限度額制度は適用されないので全額差押えが可能となります。
しかも、将来分の養育費についても差押えをすることができますので、一度差押えをしていれば毎月差押え手続をする必要がなく、支払期限がきたものについて毎月継続して回収できることになります。
したがって、差押命令書が送達された日から1週間経過すれば債権を取り立てることができ、差押債権者が受け取りに来た場合、差し押さえられた額を支払わなければならなくなります。
会社には差押えと同時に送付される、第三債務者の陳述書を2週間以内に裁判所に提出する必要があります。
また、複数の差押えが競合した場合などは、法務局に供託する必要もあるなど、会社としては法的知識と複雑な手続が必要になる場合もあります。
※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております※
≪参考となる法令・通達など≫
- 労基法24条
- 民執法151条の2、152条、196条~211条、213条、214条
- 民執令2条