· 

■従業員の妻に賃金を支払うことができるか確認する

 従業員が過労のために倒れ、現在も入院中であり、先日の賃金支払日に、本人の代わりにその妻が賃金の受取りに来たので、これを支払った。

 しかし、労働基準法では、賃金は直接本人に支払わなければならないと規定されているが、この場合は許されるのか。

 なお、からは、事前に妻を賃金の受領者として差し向ける旨の書面による連絡があった。

 労働基準法の「直接払いの原則」は、例外は認められておらず、いかなる場合でも労働者本人に直接賃金を支払わなければなりません。

 したがって、未成年の労働者も独立して賃金を請求できる権利が与えられており、その親権者の代理受領も禁じられています。

 ただし、本人に支払うのと同一の効果を生ずると認められるような使者に対して賃金を支払うことは、さしつかえないものとされています。

 お題のケースのように、労働者本人が病気などのため賃金の受取りに来られないような場合に、本人の意思にもとづいて配偶者、子などが本人の使者として賃金を受領に来たとき、これらの者に賃金を支払うことは、直接払いの原則の趣旨に反するものではありません。

<POINT1.直接払いの原則>

 労働基準法第24条による「直接払いの原則」は、賃金は直接労働者に支払わなければならず、労働者本人以外の者に賃金を支払うことを禁じたものです。

 これは、親方や職業仲介人が労働者に代わって賃金を受け取ることにより、中間搾取が行われる、親権者が年少労働者の賃金を取り去るなどの旧来の弊害を除去し、労働者が、自己の労働の対価である賃金を確実に受け取れるようにしたものです。

 ILO第95号条約においても、「賃金は、国内の法令、労働協約若しくは仲裁裁定に別段の規定がある場合又は関係労働者の同意がある場合を除くほか、関係労働者に直接支払わなければならない」(第5条)と規定されています。

 この原則は、親権者または後見人は未成年者の賃金を代わって受け取ってはならないという労働基準法第59条の規定とともに、民法の委任、代理などの規定の特則を規定したものです。

 したがって、労働者の親権者やその他の法定代理人に賃金を支払うこと、労働者の委任を受けた任意代理人に賃金を支払うことは禁じられています。その結果、労働者が第三者に賃金の受領権限を与えようとする代理、委任などの法律行為は無効です。

 「直接払いの原則」は、通貨払いの原則や全額払いの原則とは異なり、例外は認められていません。そのため、いかなる場合でも労働者本人に直接賃金を支払わなければなりません。したがって、18歳未満の労働者、すなわち民法でいう未成年の労働者も、独立して賃金を請求できる権利が与えられており、その親権者や後見人の代理受領も禁じられていますので、成人と何ら異なるところはありません。

 ただし本人に支払うのと同一の効果を生ずると認められるような使者に対して賃金を支払うことは、さしつかえないものとされています。代理か使者かを区別することは実際上困難な場合が多いのですが、社会通念上本人に支払うのと同一の効果を生ずると認められる者であるかどうかで決められることになります。

 労働者本人が病気などのため賃金の受取りに来られないような場合に、本人の意思にもとづいて(賃金受領者として差し向ける旨の本人の書面を持参するとか、本人からその者を差し向ける旨の電話連絡が入っている場合などが考えられます。)配偶者、子などが本人の使者として賃金を受領に来たとき、これらの者に賃金を支払うことは、直接払いの原則の趣旨に反するものではありません。

 

<POINT2.直接払い違反の民事上の効果>

 直接払いの原則に違反して本人の代理人などに賃金を支払った場合には、使用者は、他の原則の違反と同様に刑事責任を負わなければなりませんが、その支払いそのものの民事的効果は次のように解されます。

  1.  代理受領者が労働者本人に賃金を渡したときは、「弁済を受領する権限を有しない者に対してした弁済は、債権者がこれによって利益を受けた限度においてのみ、その効力を有する。」とする民法第479条により、労働者が現実に利益を受けた限度で民事上有効な弁済になりますので、使用者は、その限度で二重払いをする必要はありません。
  2.  代理受領者が労働者本人に賃金を手渡さないで着服したときは、その賃金の支払いは、民法第493条の「債務の本旨に従」った弁済ではなく、無効ですから、使用者は、労働者本人から請求があれば、二重払いに応じなければなりません。ただし、使用者は、代理受領者に不当利得の返還を請求できます。

<POINT3.賃金の一括払い>

 賃金支払いの手数をはぶくため、何人かの労働者から委任を受けた者に一括して賃金を支払うことは、直接払いの原則から許されません。

 しかし、この原則は、事業主が直接労働者個々人に賃金を手渡すことを要求しているものではありませんから、事業主のために会計担当の者に賃金を手渡させることは、この原則に違反するものではありません。

 

<POINT4.差押え>

 労働者が税金を滞納したため、国税徴収法の規定にもとづいて行政官庁が差押処分を行ったような場合には、差し押さえられた賃金を行政官庁に納付することは違法ではありません。また、民事執行法にもとづく差押えについても同様に解されています。

 使用者が、差押命令によって労働者の賃金の一部を労働者の債権者に支払うことは、差押えという執行裁判所の強制行為に協力することであり、広義における正当行為の枠内に入り、刑法第35条にもとづき、行為の違法性を欠くものと認められるからです。

 裁判例も、「労働基準法第24条は、労働者の債権者が民事訴訟法第618条(現在の民事執行法第152条に相当)所定の制限の範囲外の賃金までも差し押さえることを禁止した趣旨と解することはできない。労働者であるからといって、民事訴訟法第618条(同前)の差押制限を拡張して賃金全額について強制執行ができないと解さねばならない実質的な理由は、現行の法体系の下では考えられない」としています(執行方法に関する異議申立棄却の決定に対する即時抗告申立事件[東京高決S33.4.24]、同旨執行の方法に関する異議申立事件[東京地決S39.4.24]))。

 

<POINT5.賃金債権の譲渡>

 労働者が賃金債権を他に譲渡した場合に、譲受人に賃金を支払うことは、直接払いの原則に反すると解されます。

 最高裁は、賃金である退職金についてですが、このような賃金債権の譲渡と賃金の直接払いの原則との関連について、「賃金債権の譲渡契約そのものは無効と解すべき根拠はないが、労働基準法第24条が使用者に対し賃金の直接払いを罰則をもって強制している趣旨に徹すれば、労働者が賃金債権を他に譲渡した場合においても、その賃金の支払いについては、なお同条が適用され、使用者は直接労働者に対し賃金を支払わなければならない」と判示しました(小倉電話局事件[最判S43.3.12]、同旨住友化学退職金譲渡事件[最判S43.5.28])。

 

<POINT6.派遣労働者に対する賃金支払い>

 労働者派遣法にもとづき派遣中の労働者の賃金を派遣先の使用者を通じて支払うことは、派遣先の使用者が派遣中の労働者本人に対して派遣元の使用者からの賃金を手渡すことだけであれば、直接払いの原則には違反しないと解されます。

※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております※


≪参考となる法令・通達など≫

  • 労基法24条、59条
  • 民法4条、479条、493条
  • 民執法152条
  • 刑法35条
  • 昭61.6.6基発333
  • 執行方法に関する異議申立棄却の決定に対する即時抗告申立事件[東京高決S33.4.24]
  • 執行の方法に関する異議申立事件[東京地決S33.4.24]
  • 小倉電話局事件[最判S43.3.12]
  • 住友化学退職金譲渡事件[最判S43.5.28]