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■私生活の行為が懲戒解雇の原因になるか考える

 当社はバス会社であるが、先日非番の従業員が飲酒運転で人身事故を起こし、一部のマスコミに「バス運転手、飲酒運転で人身事故」と報道された。

 当社では、社会的な信用問題に関わる事件として社員の解雇を考えているが、勤務時間外のことであるが、私生活上の行為で懲戒解雇できるのか。

 一般に、企業は、その企業秩序の維持、社会的信用の保持等という観点から、それらに影響を与える行為をした労働者に対して、懲戒処分をする権限を有していると解されています

 通常、懲戒権の行使が、企業内または勤務時間中の行為に対するものであればともかくとして、企業外で、かつ私生活中の行為に対してもそれをなし得るかということにつきましては、お題にもあるように、問題となるケースがあります。

 しかし、最高裁はじめ多くの裁判例を見ますと、これらの行為についても懲戒権がおよぶとしておりますので、お題の場合、就業規則の懲戒に関する規定の内容はよく分かりませんが、マスコミで報道され、貴社名などが広く社会に知れたこと、バス運転手という職種などを考えますと、一般には、懲戒解雇し得るケースではないかと解されます。

 なお、懲戒処分一般については、労働契約法において、権利濫用と認められる懲戒は法的に無効であると定められました

<POINT1.私生活上の行為と懲戒>

 企業の有する社会的信用の保持、企業秩序の維持などに基づく懲戒権は、原則としては、その企業内・職場内・勤務時間内・職務遂行中の労働者の一定の行為、行動に対しておよぶものですが、例外的に、企業外の労働者の私生活上のものについても行使し得る場合があると解されています

 最高裁は、この点に関して、「企業秩序の維持確保は、通常は、従業員の職場内また職務遂行に関係のある行為を対象として、これを規制することによって達成し得るのであるが、必ずしも常に、右の行為のみを対象とするだけで充分であるとすることはできない。すなわち、従業員の職場外でなされた職務遂行に関係のない行為であっても、企業秩序に直接の関連を有するものもあり、それが規制の対象となり得ることは明らかであり、また、企業は社会において活動するものであるから、その社会的評価の低下毀損は、企業の円滑な運営に支障をきたすおそれなしとしないのであって、その評価の低下毀損につながるおそれがあると客観的に認められるごとき行為については、職場外でなされた職務遂行に関係のないものであっても、なお、広く企業秩序の維持確保のために、これを規制の対象とすることが許される場合もあり得るといわなければならない。」と判示し(国労広島地本事件[最判S49.2.28])、私生活上の行為に対しても懲戒し得る旨を明らかにしています。

 下級審の裁判例も、懲戒権を行使し得る根拠については、ほかに労働契約に基づく信義誠実の原則、誠実義務などをあげるものもありますが、結論的には、総じてこれを認めています(関西電力事件[大阪高判S53.6.29]ほか)。

 

<POINT2.懲戒処分(解雇)が認められる場合>

 私生活上の行為についても懲戒権がおよぶと解した場合であっても、就業規則に該当するとして、対象とする行為すべてについて懲戒処分ができるということではありません。そこには、その行為の具体的内容、程度、その労働者の企業内での地位、職種、職務内容、その行為に至るまで、あるいはその後の状況などの事情を併せて考慮しなければならず、さらに、その行為に対する懲戒処分としての軽重のバランスなども、解雇を含め懲戒処分が有効と認められるか否かに関係してきます。

 ところで、先に引用しました最高裁判決でいう企業の社会的評価の「低下毀損」には、企業の正当な施策を誹謗し、幹部を中傷して業務を妨害するなどの積極的な行為犯罪や社会的、道徳的に見て問題ある行為とに大別されており、過去の裁判例においても、それぞれの具体的事情に基づいて判断していることから、懲戒処分の可否についても結論は分かれています。

 最後に、お題は、バス会社に関するものですが、同じ旅客運送業のタクシー会社に関わる同種の事件をめぐる裁判例が出ていますので、参考としてご紹介しておきます。

 この事件は、勤務時間外に飲酒運転をして交通事故を起こして罰金に処せられたタクシー運転手に対する懲戒解雇の効力が争われたもので、一審は有効と判断したのに対し、二審は、社会的評価に少なからぬ影響を与え、企業秩序維持のうえでも支障をおよぼしたとしつつ、損害軽微で本人が賠償も終え、報道もなかったこと、本人に過去同種の前科、前歴、懲戒もなかったこと、他従業員もこの処分は重すぎるとの反応を示していること、監督署長も予告除外認定をしなかったこと、これまで非行の性質は異なるものの比較的寛大に懲戒権を行使してきたこと、同業他社でも本件より重い事例でも解雇となっていないこと等をあげ、解雇権の濫用として解雇は無効としています(相互タクシー事件[東京高判S59.6.20]。この結論は、最高裁でも支持されました。この高裁判決では、懲戒解雇処分の有効性についての判断の基準が詳細に示されていますので参考となるでしょう。

 なお、懲戒処分については、労働契約法において、「当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする」と規定されましたので留意する必要があります。

※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております※


《参考となる法令・通達など》

  • 労働契約法15条

《参考となる判例》

  • 横浜ゴム平塚製作所事件[最判S45.7.28]
  • 国労広島地本事件[最判S49.2.28]
  • 関西電力事件[大阪高判S53.6.29]
  • 笹谷タクシー事件[最判S53.11.30]
  • 関西電力事件[最判S58.9.8]