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■入社した後に犯罪歴のあることが明らかになった場合を考える

 インターネット上に当社従業員の書込みがあり、それによれば過去に懲役刑に処せられていたことがわかった。

 本人にも確認したところ事実を認めたため、解雇したいと思うのだが、入社後に判明した犯罪歴を理由に解雇することはできるのか。

 お題の“犯罪歴を理由とする解雇”が適当かどうかについては、採用時に犯罪歴についての経歴詐称があったのだとすれば、そのような経歴詐称がなければ労働契約を締結しなかったであろうと客観的に認められるような場合にあたるのかどうか、また、今回問題となっているインターネットの書込みが、会社の社会的評価におよぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価されるような場合にあたるかどうかなどを検討して判断する必要があります。

 お題の内容からだけではこれらの状況が明確ではないので、仮にこれらの状況を検討することなく、単に犯罪歴が判明したということだけを理由に解雇をしようとするのであれば、それは適当ではないと考えます。

<POINT1.就業規則の解雇事由>

 労働基準法においては、就業規則に、解雇の事由や制裁の種類および程度に関する事項を記載しなければならないとされています。

 したがって、解雇をしようとする場合には、基本的に就業規則にその根拠をもうけておくことが必要です。

 お題のケースでは、就業規則がどのように整備されているのかがわかりませんが、犯罪歴による解雇をしようとする場合に適用する就業規則の懲戒事由や解雇事由としては、一般的には経歴詐称または信用失墜等がこれにあたるのではないかと考えられますので、これらの点について、以下検討します。

 

<POINT2.経歴詐称>

 雇用関係が労働者と使用者との相互の信頼関係に基礎をおく継続的な契約関係であることから、使用者が、労働契約の締結に先立ち、雇用しようとする労働者に対し、その労働力評価に直接かかわる事項や、企業秩序の維持に関係する事項について必要かつ合理的な範囲内で申告を求めた場合には、労働者は原則としてこれに正確に応答すべき信義則上の義務を負担しているものと考えられます。

 しかしながら、一方で、労働者の経歴の告知義務の範囲は、必要かつ合理的な範囲にかぎられ、使用者の事業の内容、当該労働者の予定された職務の内容等を総合勘案して、使用者の事業に対する社会的信用、労働者の労働力の評価に影響をおよぼすべき事項に限定されるものと考えられますので、この範囲を逸脱した事項については労働者に告知義務はないと考えられます。

 採用時の経歴詐称(告知義務違反)を理由とする解雇については、経歴詐称による秘匿事実の内容や秘匿等の程度、動機、理由によって人物評価におよぼす影響はさまざまですので、採否決定における経歴詐称がもつ意義と重要性を勘案して、解雇の有効性が判断されます

 

<POINT3.犯罪歴の告知義務>

 犯罪歴については、会社から犯罪歴の告知を求められた場合には基本的には正確に告知する義務を負うと考えられます。そして、犯罪歴は一般的には重要な経歴と考えられますので、犯罪歴について真実を告知していたならば、使用者は当該労働契約を締結しなかったであろうと客観的に認められるような場合には、犯罪歴に関する経歴詐称は、具体的な財産的損害の発生がなくとも、使用者と労働者との信頼関係を破壊するものといえ、解雇事由となりえます

 ただし、犯罪歴については、犯罪者の更生にとって労働の機会の確保が重要な課題であるため、職種や労働契約の内容等に照して、前科が労働力の評価に重大な影響をおよぼさざるをえないといった特段の事情のないかぎりは、すでに刑の消滅をきたしている前科については告知すべき信義則上の義務を負担してはいないと考えられるとして、消滅した前科の不告知自体を理由に労働者を解雇することはできないとする裁判例(マルヤタクシー事件[仙台地判昭60.9.19])もあります

 また、長年勤務している場合の犯罪歴についての経歴詐称について評価をする場合には、一定程度の情状面での考慮をすべきであるという裁判例(東光電気事件[東京地決昭30.3.31])もあります。

 

<POINT4.信用失墜等>

 会社の社会的評価等に重大な悪影響を与えるような労働者の信用失墜行為については、解雇事由となりえます

 信用失墜行為と犯罪歴の関係については、炭研精工事件[東京地判平2.2.27]においては、会社の就業規則において「禁こ以上の刑に処せられたとき」を懲戒解雇事由としているのは、それによって会社の社会的信用を害し、他の従業員にも悪影響をおよぼすおそれがあるためであるとしたうえで、「原告が旋盤工であること、右各犯罪行為が入社前のものであることを考慮しても、右のような犯罪行為について2回にわたって懲役刑に処された原告を雇用し続けることは、被告会社の社会的信用を害し、他の従業員にも悪影響をおよぼすおそれがある」として、入社前に犯した犯罪によって入社後に懲役刑を受けたことを解雇事由とすることを認めています。

 

<POINT5.お題ののケース>

 お題のケースでは、単に犯罪歴が判明したということだけを理由に解雇をしようとするのは適当ではありません。解雇が適当かどうかは、犯罪歴が経歴詐称や信用失墜等の観点からどのように評価されるかを検討したうえで判断するべきと考えます。経歴詐称の観点からみると、採用時に犯罪歴の申告を求めたのかどうかが明確ではありませんが、これを求めていない場合には採用後に過去の犯罪歴が判明したとしても経歴詐称には該当しません。

 したがって、経歴詐称を問題とできるのは、採用時にそれらの経歴についての告知を求めていた場合です。

 経歴詐称を理由にしての解雇については、上記のとおり、その経歴詐称が労働力の評価に重大な影響をおよぼす場合、すなわち犯罪歴について真実を告知していたならば、使用者は当該労働契約を締結しなかったであろうと客観的に認められるような場合にあたるかどうかを検討し、解雇が適当かどうかを判断する必要があります。なお、その際には、労働者が長期間会社の経営に寄与している場合には、経歴詐称の評価にあたって情状面で考慮することが適当でしょう。

 また、信用失墜等を理由とする解雇が適当かどうかは、インターネットの犯罪歴の書込みが、会社の社会的評価等におよぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合に該当するかどうかによることとなると考えられます。この判断にあたっては、必ずしも具体的な業務阻害の結果や取引上の不利益の発生を必要とするものではないと考えられますが、当該犯罪行為の性質、情状のほか、会社の事業の種類・態様・規模、会社の経済界に占める地位、経営方針およびその従業員の会社における地位・職種、他の従業員に与える悪影響の内容・程度等諸般の事情を総合的に考慮する必要があると考えます。

※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております※


《参考となる法令・通達など》

  • 労基法89条

 

《参考となる判例》

  • 東光電気事件[東京地決昭30.3.31]
  • 日本鋼管事件[最判昭49.3.15]
  • 西日本警備保障会社事件[福岡地判昭49.8.15]
  • 豊橋総合自動車学校事件[名古屋地判昭56.7.10]
  • 大森精工機事件[東京地判昭60.1.30]
  • マルヤタクシー事件[仙台地判昭60.9.19]
  • 炭研精工事件[最判平3.9.19]
  • フジ興産事件[最判平15.10.10]