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■経歴詐称を理由に懲戒解雇できるか考える

 1年前採用した従業員の経歴に偽りがあることが判明!!

 履歴書には大学卒業とあるにもかかわらず、実際には、大学中退とのこと。

 経歴詐称は、当社の懲戒解雇事由に該当するが、経歴詐称のみを理由に懲戒解雇してもさしつかえないか?

 お題は、経歴詐称といわれるもののうち学歴に関するものです。この「経歴」といわれる中には他に職歴、過去の賞罰歴などがありますが、就業規則でこれを懲戒解雇理由の1つとして定めているものが見られます。

 経歴詐称を理由とする懲戒解雇の効力については、一般に、たんに経歴を詐称したことのみで解雇することはできず、その詐称が重要なものであって、企業内の賃金、地位、職種などの体系を乱すなど企業の秩序を乱した場合に、その詐称の内容、程度に応じて解雇しうると解されています。

 したがって、貴社の場合、その労働者が本当は大学中退であるのに卒業と詐称したことが、具体的にどのような形、程度で会社の経営秩序を侵害し、その結果どのような損害を会社におよぼしたのかという観点から判断することとなるため、学歴の詐称のみを理由に懲戒解雇に付すのは難しいと考えられます。

<POINT1.経歴詐称と懲戒解雇>

 学歴や職歴、賞罰歴などの事項は、企業が労働者を雇い入れる場合に、賃金の決定、配置する部署、職種の決定などその企業の経営秩序に組み入れる際の重要な判断要素とされることが一般的です。

 このため、労働契約を結ぶ際に労働者がその経歴を詐称していたり、隠していた場合に、後日この詐称していたことが明らかになったとき、就業規則中の懲戒規定に該当するとして懲戒解雇処分にするという例が見られるところです。

 それでは、経歴詐称が懲戒解雇となり得るというのはどのような考え方からでしょうか。

 判例では、これに関して、「雇用関係は、労働力の給付を中核としながらも、労働者と使用者との相互の信頼関係に基礎を置く継続的な契約関係であるということができるから、使用者が雇用契約の締結に先立ち、雇用しようとする労働者に対し、その労働力評価に直接関わる事項ばかりでなく、当該企業あるいは職場への適応性、貢献意欲、企業の信用の保持等企業秩序の維持に関係する事項についても必要かつ合理的な範囲で申告を求めた場合には、労働者は、信義則上、真実を告知すべき義務を負う」(炭研精工事件[東京地判平2.2.27])としており、その根拠を労働者が信義則上負っている真実告知義務の違反に求めています。ほかの裁判例も、多くが同様の考え方をとっているといえます。

 

 

<POINT2.解雇の有効・無効の基準>

 懲戒解雇もその理由がたんに経歴を詐称したということのみをもって有効に行い得ることはなく、有効、無効については、多くの裁判例は、詐称した経歴が重要なものであって、かりに詐称せず真実を告知したならば採用しなかったであろう、すなわち採用、不採用を決めるポイントのものであったか否かを基準に判断しています。

 お題の“学歴詐称”について、前掲の判例は、最終学歴(本事件では大学中退)は、職務内容と他の従業員の学歴との釣合いという観点から募集対象者の学歴が中学卒あるいは高校卒と限定されている事情の下では、その労働力評価に関わるだけでなく、企業秩序の維持にも関係する事項であるから、労働者側は真実を告知すべき義務に違反しているなどにより、懲戒解雇は解雇権の濫用にはあたらず、有効である旨判示しています。

 その他学歴詐称を理由とする懲戒解雇をめぐる裁判例で解雇を有効とするものとして、旭硝子事件、相銀住宅ローン事件、正興産業事件などがあります。

 また、損害賠償請求事件ですが、面接時に自己の職歴等を詐称し、その詐称した職歴等を前提として賃金月額を増額させたが、この増額にかかる労働者の言動は詐欺という違法な権利侵害として不法行為を構成するとして会社側の損害を認めたもの(KPIソリューションズ事件[東京地判平27.6.2])があります。

 一方、採用にあたって「学歴不問」としていた場合には、労働者側に信義則上の真実告知の義務がないとして、懲戒解雇事由としての経歴詐称に該当しないとした判例(近藤化学工業事件[大阪地決平6.9.16])もあります。

 ところで、懲戒解雇の事由と必ずしも一致するものではありませんが、労働基準法第20条にいう「労働者の責に帰すべき事由」についての労働基準監督署長の解雇予告除外認定ができる事例として、行政解釈は、「雇入れの際の採用条件の要素となるような経歴を詐称した場合および雇入れの際、使用者の行う調査に対し、不採用の原因となるような経歴を詐称した場合」を示しており、参考になると考えます。

 なお、解雇を含む懲戒処分一般について、労働契約法は、懲戒にかかる労働者の行為の性質および態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効とする旨規定していますので、懲戒処分を行う場合、この規定についての検討も必要です。

※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております※


《参考となる法令・通達など》

  • 労働契約法15条
  • 昭23.11.11基発1637
  • 昭31.3.1基発111

 

《参考となる判例》

  • 旭硝子事件[横浜地川崎支決昭45.3.23]
  • 相銀住宅ローン事件[東京地決昭60.10.7]
  • 炭研精工事件[東京地判平2.2.27]
  • 近藤化学工業事件[大阪地決平6.9.16]
  • 正興産業事件[浦和地川越支決平6.11.10]
  • KPIソリューションズ事件[東京地判平27.6.2]
  • 西村書店事件[新潟地決昭63.1.11]