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■割増賃金を計算するとき基礎となる賃金

 自分の給与は、給与のなかに家族手当、地域手当、交通費などの諸手当が含まれているが、割増賃金を計算する場合、どの手当を計算の基礎に含めればよいのか。

 割増賃金の基礎となる賃金は「通常の労働時間または労働日の賃金」ですが、労働基準法では、割増賃金に算入しなくともよい賃金として、

  1. 家族手当
  2. 通勤手当
  3. 別居手当
  4. 子女教育手当
  5. 住宅手当
  6. 臨時に支払われた賃金
  7. 1か月をこえる期間ごとに支給される賃金

の7種類の賃金を規定しています。

 これら7種類の賃金は限定的に列挙されたものなので、お題にある「家族手当」および「交通費(いわゆる通勤手当)」は割増賃金の基礎に算入する必要がなく、地域手当については算入しなければならないと考えられます。

 しかしながら、これら7種類の賃金に該当するかどうかは、名称にかかわらず「実質」によって取り扱うこととされており、、たとえ家族手当として支給されているものであっても、家族数に関係なく一律に支給されているような場合には、労働基準法における家族手当とは認められない(家族手当も含めて単価を算出しなければならない)こととなります。

<POINT1.割増賃金の基礎となる賃金の範囲>

 労働基準法第37条、割増賃金令(平6政5)は、使用者が労働者に法定の労働時間をこえて労働させた場合、通常の労働時間または労働日の賃金の計算額に、時間外労働の場合は

  1. 1か月45時間以下の時間外労働に対しては2割5分以上の率で、
  2. 限度時間(1か月45時間、1年360時間など)をこえる時間外労働に対しては2割5分をこえる率(努力義務)で、
  3. 1か月60時間をこえる時間外労働に対しては5割以上の割増率(代替休暇を付与する場合は2割5分以上※)で、

 また、深夜労働の場合は2割5分以上の率で、休日労働については3割5分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならないと規定しています。

 さらに、時間外労働の協定にかかる指針(平30厚労告323)においては、有期契約労働者等について目安時間(1週間15時間、4週間43時間)をこえないように努めなければならないとしています。

 さて、「通常の労働時間または労働日の賃金」とは、所定労働時間労働した場合に支払われることが約定されている賃金のことですが、①家族手当②通勤手当③別居手当④子女教育手当⑤住宅手当のように労働とは直接関係のない個人的事情にもとづいて支払われる賃金や、⑥臨時に支払われた賃金⑦1か月をこえる期間ごとに支払われる賃金のように割増賃金の計算をする場合に計算技術上困難なものは、割増賃金の基礎となる賃金に算入しないことが、労働基準法第37条第5項および同法施行規則において規定されています。

 以上の7種類の賃金の他にも、労働とは直接関係のない個人的事情にもとづいて支払われる賃金や割増賃金の計算をする場合に計算技術上困難な賃金といった要件を満たすようなものが考えられるかもしれませんが、これらの賃金は限定的に列挙されたものですので、「通常の労働時間または労働日の賃金」であってこれら7種類の賃金のいずれにも該当しないものは、すべて割増賃金の算定基礎に算入しなければなりません

 また、これら7種類の賃金に該当するか否かは、名称の如何にかかわらず「実質」によって取り扱うこととされていますので、たとえ家族手当という名目の手当を支払っていたとしても、労働基準法における家族手当に該当するものでなければ除外されないので、割増賃金の基礎となる賃金に算入しなければなりません。

※代替休暇を取得した場合に支払うこととされている割増率は2割5分以上で労使協定にて定めることになります。

 

 

<PIONT2.割増賃金の基礎となる賃金に算入しなくてもよい賃金>

① 家族手当

 家族手当とは、扶養家族またはこれを基礎とする家族手当額を基礎として算出した手当をいいます。扶養家族のある者に支給されている手当であっても、その家族数に関係なく一律に支給されている手当は労働基準法上の家族手当とはみなされませんが、たとえその名称が物価手当、生活手当などであっても、これに該当するものは家族手当として取り扱われます。

 

② 通勤手当

 通勤手当とは、労働者の通勤距離または通勤に要する実際費用に応じて算定される手当と解されています。

 したがって、原則的に実際の距離に応じて算定されるが一定額までは距離にかかわらず一律に支給されるような場合には、一定額の部分は労働基準法上の通勤手当ではなく、割増賃金の算定基礎に算入しなければなりません。

 

③ 別居手当、子女教育手当および住宅手当

 別居手当は、勤務の都合により同一世帯の扶養家族と別居を余儀なくされる労働者に対して、世帯が二分されることによる生活費の増加をおぎなうために支給される手当をいい、一般的には、単身赴任手当はこれに該当するといえます。

 子女教育手当は、労働者の子弟の教育費を補助するために支給される手当をいいます。

 住宅手当とは、住宅に要する費用に応じて算定される手当をいいます。

 

④臨時に支払われた賃金

 臨時に支払われた賃金とは、臨時的、突発的事由にもとづいて支払われたものおよび結婚手当など支給条件はあらかじめ確定されているが支給事由の発生が不確定でありかつ非常にまれに発生するものと解されています。

 具体的には、私傷病手当、加療見舞金、退職金がこれに該当します。

 

⑤1か月をこえる期間ごとに支払われる賃金

 1か月をこえる期間ごとに支払われる賃金としては、いわゆる賞与と、これに準ずるものとして労働基準法施行規則第8条に掲げられた3種類の賃金があります。

 すなわち、

イ.1か月をこえる期間の出勤成績によって支給される精勤手当

ロ.1か月をこえる一定期間の継続勤務に対して支給される勤続手当

ハ.1か月をこえる期間にわたる事由によって算定される奨励加給または能率手当

の3種です。

 これらの賃金は、賞与に準じる性格を有し、1か月以内の期間では支給額の決定基礎となるべき労働者の勤務成績を判定するのに短期すぎる事情もあり得ると認められるため、毎月払いおよび一定期日払いの原則の適用を除外しているものです。

 したがって、単に毎月払いを回避する目的で「精勤手当」と名づけているものなどこれら以外の賃金は、1か月をこえる期間ごとに支払うことはできませんので、割増賃金の基礎から除外することはできません。

 以上7種類の賃金が割増賃金の算定基礎となる賃金から除外される賃金ですが、労働基準法に定める基準は最低のものですので、これら家族手当、通勤手当などを割増賃金の算定基礎に算入することは、使用者の自由であるといえます。

 

 

<PIONT3.臨時補給金の取扱い>

 なお、給与所得に対する所得税を毎月使用者側において負担するために臨時補給金を支給している場合、この臨時補給金には、家族手当などの割増賃金の基礎に算入しない賃金を対象とする部分が含まれていますが、この税金補給金については、必ずしも扶養家族数に応じて増額するものではないので、家族手当を基礎として算定される賃金とは認められず、また、通勤手当など割増賃金の基礎に含めない賃金に対する部分の補給金を区別する方法がありませんので、補給金は全額割増賃金の基礎に含めるべきであるとされています

 

 

<POINT4.裁判例にみる算定基礎となる手当>

①スタジオツインク事件[東京地判H23.10.25]

 東京地裁では「基礎賃金から除外される賃金(以下「除外賃金」という。)として「家族手当」「通勤手当」「別居手当」「子女教育手当」「住宅手当」などが明示されているが、これらが基礎賃金から除外されるのは、労働の内容や量と無関係な事情で支給される手当が割増賃金額を左右するのは不当であるという趣旨に基づくものであるから、形式的にこれらの名称が付されていても、持家・賃貸の別や住宅ローン・家賃の額といった個別的事情を反映した金額が支給されていない場合は、上記の立法趣旨にかんがみ、除外賃金には含まれないと解するのが相当である。」と判示したもの。

②日本郵便輸送(給与規程変更)事件[大阪高判H24.4.12]

 給与規程で無事故手当および運行手当を割増賃金算定の基礎から除外したことについて、「両手当は、通勤手当や住居手当等とは異なり、労働の内容や量とは無関係な労働者の個人的事情により、支給の有無や額が決まるというものではなく、労働基準法37条5項、同法施行規則21条にいう除外賃金に該当しないことは明らかである。したがって、上記割増賃金算定の基礎に係る規定は無効であり(労働基準法92条1項)、上記両手当も割増賃金の算定基礎とされるべきことになる。」とされたもの。

③穂波事件岐[阜地判H27.10.22]

 労働者が未払の時間外・休日・深夜割増賃金等を請求した事例で、労働者に管理者手当(管理固定残業)として毎月10万円支給されている手当が、みなし残業手当83時間相当として支給されている場合、これは三六協定で定めることのできる労働時間の上限の月45時間の2倍に近い長時間であるため、公序良俗に違反するといわざるを得ず、これが会社と労働者との間で合意されたということはできず、これは時間外労働に対する手当として扱うべきではなく、月によって定められた賃金として、時間外労働等の割増賃金の基礎とすべきであるとされた事例。

④(廣記商行事件[京都地平H28.3.4]

 「内/外勤手当」については、どういう趣旨の手当として支給されるものかにつき、就業規則に定めがなく、社内で周知されていたと認めるに足りる的確な証拠はないとして、基礎賃金とするのが相当であるとする一方、「CP手当」については、午後8時から午後9時までに受注処理の当番が割り当てられたときに支払われる手当であり、時間外労働に対する給与として支払う趣旨であることが明確になっていると認められるため、割増賃金の額から控除するのが相当であるとしたもの。

⑤プレナス(ほっともっと元店長A)事件[静岡地判H29.2.17]

 管理監督者性が否定されたチェーン店店長に支払われていた「店舗管理手当等」につき、店舗管理手当は、管理監督者性の有無にかかわらず、店長職にある者に一律に支払われる手当であり、新店管理手当は、新しい店舗の店長職を務める者に対して一律に支払われる手当であることからすれば、いずれの手当も、労働基準法施行規則第21条の割増賃金算定の基礎となる賃金から除外されるべき賃金に該当しないというべきであるとされたもの。

⑥医療法人社団康心会事件[最判H29.7.7]

 割増賃金をあらかじめ基本給や諸手当に含めて支払っている事件について、最高裁は「労働契約における基本給等の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要であり、上記割増賃金に当たる部分の金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは、使用者がその差額を労働者に支払う義務を負うべき」とこれまでの判例の再確認を行ったもの。

 

 ⑥は、「みなす」時間数と、基本給等に割増賃金を含めて支払う場合には判別可能なものでなければならないことを教えてくれています。

※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております※


《参考となる法令・通達など》

  • 労基法24条、37条
  • 割増賃金令
  • 労基則8条、21条
  • 平30.9.7厚労告323
  • 昭22.9.13発基17
  • 昭22.12.26基発572
  • 昭23.2.20基発297
  • 昭26.10.19基収4996
  • 平11.3.31基発170
  • 平29.7.31基発0731第27
  • スタジオツインク事件[東京地判平23.10.25]
  • 日本郵便輸送(給与規程変更)事件[大阪高判H24.4.12]
  • 穂波事件[岐阜地判H27.10.22]
  • 廣記商行事件[京都地判H28.3.4]
  • プレナス(ほっともっと元店長A)事件[静岡地判H29.2.17]
  • 医療法人社団康心会事件[最判H29.7.7]