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■一定額の補償をすることを条件に採用内定者に入社辞退を勧めることは内定取消に該当するか

 当社は、昨年度、採用内定の取消を行っており、今年度は募集人員を絞り、慎重に採用内定を行ったつもりが、予想以上の業績悪化でどうしても内定者の一部について内定取消の必要が出てきた。

 ただ、2年連続して内定取消をすると企業名が公表されることとなり、今後の募集活動はもとより企業活動への影響も危惧される。

 そこで、内定者に対し一定額の補償金を支払い、採用辞退をしてもらうことで対処したいと考えているが、このような措置は内定取消に該当しないと考えてよいか。

 内定者が、任意に、自分の意思で入社の辞退を申し出た場合は、内定取消に該当しないが、企業側から強く辞退を迫られたり、相当な労働条件の低下を提示されるなどによって、辞退せざるを得ない状況に追い込まれた場合は、任意性、自発性が確保されているとはいえず、内定の取消に該当するとされる場合があります。

 一定額の補償金が支払われている場合には、任意性を認める1つの要件にはなり得ますが、金額、前後の経緯等も含めて判断されることとなります。

<POINT1.採用内定の取消等の法的性質について>

 まず、採用内定の取消、採用の辞退、合意に基づく労働契約の解消等について、法的な考え方について、簡単に考えてみましょう。

(1)採用内定の取消

採用内定の内容は企業によって異なっており、必ずしも一概には言えませんが、一般的には、

 

 採用内定によって、①就労開始は学生の卒業後一定時期(多くは4月)という「始期付き」の②内定後、就労開始までの間に、内定通知書に記載された事由に該当するときは解約することがあるという「解約権留保付き」の労働契約が成立する

 

とされています(大日本印刷事件[最判昭54.7.20]。

 したがって、通常、採用内定を取り消すということは、条件付きとはいえすでに成立した労働契約を使用者側から取り消すということですから、「解雇」に該当することになります。

 

 「解雇」に該当するということは、解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

 

という労働契約法の適用を受けることになり、基本的には従業員を解雇する場合と同様、解雇が相当であるという客観的、合理的な理由を必要とするということになります。

 

(2)内定者からの採用辞退

 内定者からの自発的な採用辞退については、内定者から「卒業後は貴社に入社します」という誓約書をとっていた場合は、その誓約に違反するということを理由に損害賠償の対象となる場合も考えられないではありませんが、一般的には、従業員の退職の申し出と同様、一定期間の経過により認めざるを得ないと考えられます。

 

(3)合意による労働契約の解約

 どちらが先に申し入れたかはともかくとして、両者の合意により、労働契約を解約する場合には、それが強迫や誤解(錯誤)等に基づくものでない限り、有効となります。

 

 

<POINT2.企業からの勧奨による解約>

 他の契約の場合も同じですが、労働契約の解約の形は、期間満了によるものを除き、使用者からの通知によるもの(解雇)、労働者からの通知によるもの(退職)、両者の合意によるもの(合意解約)の3つに分けられます。

 企業側から働きかけておいて、解雇ではなく、内定者の自主的申し出であるという形をとること自体が常識的に考えて困難な感じはしますが、それはともかく、企業からの勧奨はあるにせよ、最終的に内定者が採用辞退を申し出、あるいは、内定の解消に同意するというケースはあり得ます。

 ただ、その場合、内定者が自発的に、自己の意思で、採用辞退を申し出、あるいは内定の解消に合意したかという任意性、自発性が問題となります。

(1)一般従業員に対する退職勧奨

 一般従業員に対しては、次のような退職勧奨が行われることがあります。

 これらの場合、従業員にとって一定のメリットがある場合もあり、退職勧奨への同意あるいは退職の申し出は有効な場合は十分に考えられます。

  ①高年齢者、役職者等に対する退職勧奨

 企業の人事政策の一環として、再就職先の紹介、退職金の上積み等を条件に退職勧奨が行われることがありますが、多くの場合、これに応じる応じないの自由は担保されており、このような退職勧奨への同意あるいは退職の申し出は有効なケースが多いと考えられます。

  ②懲戒対象者への退職勧奨

 企業内において不祥事を起こし、自主的に退職すれば自己都合退職扱いをするが、そうでない場合は解雇するという企業からの提案に対し、退職を選ぶということもときにはあり得ることです。解雇に至るほどの事件ではないと考えられるケースもありますが、客観的に考えてそれなりの不祥事である場合には、労働者の退職の意思表示も有効であるというケースは十分にあり得ます。

 

(2)内定者に対する採用辞退の勧奨

 一般従業員については(1)で述べたようなことが考えられますが、内定者が企業からの働きかけに応じて、任意に、自発的に採用辞退を申し出るケースはどの程度考えられるでしょうか。辞退を申し出ることについて何らかのメリットがあるのでしょうか。メリットもないのになぜ自発的に辞退するのでしょうか。

 仮に、辞退書にサインしていたとしても、あとで、会社側に強要されたということにならないとも限りません。

 企業側から勧奨しつつ、内定者の任意性、自発性を確保するのはかなり困難ではないかと考えます。一定額の補償金を支払っている場合は、任意性、自発性ありと判断される有力な要素になり得ます。その場合、その金額や、前後の経緯等も含め、判断されることになりますが、少なくともそれなりの金額を受け取っているということは、内定の解消に同意したとみても差し支えないのではないかと考えられます。

 

 

<POINT3.職業安定機関の考え方>

 裁判等を前提とした法的な考え方については上記で説明したとおりですが、厚生労働省、公共職業安定所は、雇用の維持・確保を図るという行政上の考え方から、次のようなケースについては、採用内定取消しとして取り扱うべき事案である可能性があるとしています。すなわち、法的には、本人の辞退とみられる可能性のあるケースであっても、行政としては、内定取消しとして取り扱う場合があるということです。

  • 一方的な労働条件の変更について採用内定の際に定められていた労働条件と大きく異なるなど、採用内定者が同意しがたい労働条件の変更を提示された結果、やむを得ず内定を辞退するような事例は、本来は採用内定取消しとして取り扱うべき事案である可能性がありますので、ハローワークが事実関係を確認し、内定取消し通知書を提出するよう指導する場合があります。
  • 内定辞退の強要について本人の意思に反して内定辞退を強要するなどの不適切な事例は、本来は採用内定取消しとして取り扱うべき事案である可能性がありますので、ハローワークが事実関係を確認し、内定取消し通知書を提出するよう指導する場合があります。(厚生労働省・都道府県労働局・公共職業安定所・労働基準監督署連名パンフレットより)

 結局、本来であれば内定取消しに取り組むべきところを、企業名公表を免れるために内定者に辞退を求めることは、別の危険を招く可能性があります。辞退を求められた内定者が全員納得をしているのであれば問題は生じないでしょうが、「辞退するよう強要された」などとして問題になるとすれば、リスクは大な印象です。

 企業経営の状況を見極め、堅実な採用計画に基づく内定を行うようにし、やむを得ず内定取消しを行わざるを得ない場合には、その理由等を内定者に十分説明し、就職先の確保に努める等誠意ある対応をすることが最も重要ではないかと考えます。

※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております※


≪参考となる法令・通達など≫

  • 労働契約法16条