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■採用についての権限がない従業員が「内定とする」旨を応募者に伝えてしまった場合について

 現場の人間が欲している人材をなるべく採用したいため、採用についての権限がない従業員も採用面接時には出席してもらっているが、今回、その従業員が採用面接を受けた応募者に「内定は確実だ」という旨の話をしてしまったようだ。

 適正テストや面接等、総合的な判断の結果、その応募者は不採用となったのだが、今後応募者から不服が申し立てられたりした場合、企業としてどのような対応をとる必要があるのか。

 採用内定については、「始期付解約権留保付労働契約」と整理されることが多く、貴社の従業員の発言が採用内定として「始期付解約権留保付労働契約」が成立したと判断できれば、その取消しは制限されることにつながります。

 しかし、従業員は単に口頭で「内定は確実だ」と伝えたものであり、正式な採用を内定する文書を交付したものでもなく、採用が内定されたとするのは困難であり、入社を拒否することはできるものと考えられます。

 しかしながら、採用権限はないとしても、従業員の発言は応募者に正式内定の期待をいだかせたものであり、最終的に不採用という判断にいたった理由をすみやかに説明しておく必要があると考えられます。これが不十分な場合、損害賠償責任を負う可能性があると考えます。

<POINT1.採用内定の法的性質>

 採用内定の法的な性質に関するリーディングケースとしては、大日本印刷採用内定取消事件[最判S54.7.20]があります。

 同判決では、「企業が大学の新規学卒者を採用するについて、早期に採用試験を実施して採用を内定する、いわゆる採用内定の制度は、従来我が国において広く行われているところであるが、その実態は多様であるため、採用内定の法的な性質について一義的に論断することは困難であるというべきである。したがって、具体的事案につき、採用内定の法的性質を判断するにあたっては、当該企業の当該年度における採用内定の事実関係に即してこれを検討する必要がある」としつつ、当該事案については、内定者に対して、①大学卒業のうえは間違いなく入社する旨および履歴書等の提出書類の記載事項に事実と相違した点があったときは採用内定を取り消されても異存がない旨を記載した誓約書を提出させていること、②内定通知書の交付、誓約書の提出以外に労働契約の締結のための特段の意思表示が予定されていなかったことから、内定通知の時点で「始期付解約権留保付労働契約」が成立したと判断しています。

 個別判断の要素があるとはいえ、会社の採用内定手続においては、前記のような事情が一般的であったことから、多くの採用内定については「始期付解約権留保付労働契約」として取り扱われてきました。

 なお、前記最高裁判例においては、労働契約が成立しているという関係にあれば、「採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができなかった、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られると解するのが相当である」とし、採用内定が「始期付解約権留保付労働契約」と認められた場合にはその取消しを制限しています。

 

 

<POINT2.「始期付解約権留保付労働契約」である採用内定と認められなかった事例>

 採用の内々定通知により採用内定が成立したといえるかが争点となった裁判例としてコーセーアールイー(第2)事件[福岡高判H23.3.10]があります。

 裁判例においては、会社から採用の内々定を受けた者が採用内定通知書授与日の数日前に内々定を取り消された事案について、本件内々定は、①正式な内定までの間企業ができるだけ新卒者を囲い込んで、他の企業に流れることを防ごうとする事実上の活動であり、内々定を受けながらも就職活動を継続している新卒者も少なくなかったこと、②正式内定は別途行うことが予定されていたこと、③入社後の承諾書を提出させていたが、その内容は入社を制約することや解約権の留保を定めるものではなかったこと、④内々定通知は労働契約締結権限を有していない人事事務担当者の名義で作成されたことなどから、内々定は「始期付解約権留保付労働契約」と認められないとする1審判決(福岡地判H22.6.2)を維持しました。

 

 

<POINT3.採用内定と損害賠償責任>

 採用内々定や内定をほのめかす行為が、「始期付解約権留保付労働契約」である採用内定が成立しているとはいえない場合には、入社を拒否することが可能となります。

 しかしながら、採用内々定や内定をほのめかす行為が、採用内定を得られることや会社で就労できることに期待をいだかせることは当然のことであり、内々定の取消しなどによる精神的苦痛を理由とする損害について賠償する責任が生じることがあります。

 前記コーセーアールイー(第2)事件においても、採用内々定を伝えられて正式な内定通知の数日前にいたった段階では、労働契約が確実に締結されるであろうという期待は法的保護に十分値するものとして、内々定の取消しによる精神的損害に対する賠償責任を認めています。

 当該事件では、内々定者が他の内々定を断り就職活動を終えていたこと、早い段階で内々定取消しの可能性があることを伝えていなかったこと、内々定取消しの理由について十分な説明がなされず、抗議を受けても何ら対応しなかったこと等が考慮されたものと考えられます。

 

 

<POINT4.お題の場合>

 お題の場合、採用についての権限がない従業員が採用面接を受けた応募者に「内定は確実だ」という旨の話をしてしまった、いわゆる内々定を出したような状況になっていると考えられます。

 お題の内容では、貴社の採用内定の手続が明らかではありませんが、前記大日本印刷採用内定取消事件の事例と同じように、内定通知書の交付、入社の確約や解約権の留保を定める誓約書の提出などを行うものであるとすると、そこにいたる前の段階であれば、「始期付解約権留保付労働契約」である採用内定が成立したとはいえず、入社を拒否できるものと考えられます。入社を拒否できるとしても、従業員の発言が応募者に採用内定を受けられるという期待感をもたせたことには違いなく、期待権を根拠として損害賠償責任が生じることがないとはいえません。このため、応募者からの不服の申立てを待つことなく、できるかぎり早期に、①面接に同席した従業員には採用権限がなかったこと、②採用選考時―適正テストや面接等の状況を含め、最終的に不採用という判断にいたった理由を、誠意をもって説明しておく必要があります。

 なお、採用面接時に不用意な発言をした従業員には、就業規則に照らして懲戒処分についても検討する必要があるでしょうし、今後は再発防止の観点から事前教育を徹底しておく必要があると考えます。

※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております※


≪参考となる判例≫

  • 大日本印刷採用内定取消事件[最判S54.7.20]
  • コーセーアールイー(第2)事件[福岡高判H23.3.10]