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■メンタルヘルス不調者からの退職願の効力について

 メンタルヘルスに不調をきたして、現在休職して通院治療中の者から突然退職願が提出された。

 退職の理由を尋ねてみたが、不可解な言動を繰り返し、本人の真意かどうかの確認がでない。この場合、退職願はどのように取り扱えばよいか。

 退職願は意思表示として、

  • その意思表示が真意でないことを知っていた場合
  • 意思能力がない者による場合や法律行為の要素に錯誤があった場合 など...

には無効や取消しとされるので、会社として、その従業員の主治医にその従業員が退職願提出時に意思能力を有していたか等を確認し、その結果を踏まえて対応することが適切と考えます。

<POINT1.退職の意思表示について>

 労働者が会社に出す退職願には、

     労働者からの一方的な辞職の意思表示であるもの

     会社との合意を得て雇用契約を解約しようとする合意解約の申込みの意思表示であるもの

が考えられますが、②が一般的と考えられます。

 いずれにしても、意思表示については、意思能力のない者による場合やその意思表示が表示者の真意でないことを知っていた場合には無効とされ、法律行為の要素に錯誤があった場合や、詐欺や強迫による場合などは取り消されることがあります。

 

 

<PIONT2.退職の意思表示が無効等と判断された裁判例>

 退職の意思表示に関しては、平成29年の改正前の民法の規定に基づくものですが、次のような判例があります(現行規定では「無効」ではなく、「取消し」ができるとされています。)。

①低酸素脳症による高次脳機能障害のある労働者について意思無能力の状態にあり退職の意思表示は無効とされた例

 意思能力とは、事理を弁識する能力であり、およそ7歳から10歳程度の知的な判断力であると考えられるところ、本件退職時に、労働者は、事理を弁識することができない常況、すなわち意思無能力の状態にあったというべきであるから、本件退職の意思表示は無効である(農林漁業金融公庫事件[東京地判平18.2.6])。

②法律行為の要素に錯誤があり退職合意は無効とされた例

 本件退職合意承諾の意思表示は法律行為の要素に錯誤(解雇処分におよぶことが確実であり、これを避けるためには自己都合退職をする以外に方法がなく、退職願を提出しなければ解雇処分にされると誤信)があったから、本件退職合意は無効である(昭和電線電纜事件[横浜地川崎支判平16.5.28])。

③退職合意はないとされた例

 幹部職員が集まるミーティングにおいて、従業員を全員解雇する旨告げられ、その際、特段の異論は出なかったことをもって、退職合意があったと認めることはできない(ジョナサンほか1社事件[大阪地判平18.10.26])

 

 

<PIONT3.意思能力等の確認について>

 ご質問の場合、退職願が会社との合意を得て雇用契約を解約しようとする合意解約の申込みの意思表示であるとすると、会社の対応のあり方として、例えば、その従業員の主治医に面会し、経過を説明して、その従業員が退職願を提出した際の意思能力(7歳から10歳程度の知的な判断力があったか)等を確認することが適切と考えられます。

 その結果、意思能力があり、錯誤もないということならば、退職願を承認(承諾)すればよいのですが、意思能力がないということならば、退職願は承認せず、休職を継続させ、その休職期間の満了時に復職の可否・退職の可否を検討する対応が考えられます。

※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております※


≪参考となる法令・通達など≫

  • 民法3条の2、93条、95条、96条

 

≪参考となる判例≫

  • 昭和電線電纜事件[横浜地川崎支判平16.5.28]
  • 農林漁業金融公庫事件[東京地判平18.2.6]
  • ジョナサンほか1社事件[大阪地判平18.10.26]