· 

■いわゆる「歩合給を基本給と残業代に振り分けて支払う」ことについて

 当社の給与体系は、基本給等(基本給、基本歩合給、勤続手当等)を通常の労働時間の賃金とし、賃金総額からこの基本給等を引いた金額を割増賃金(時間外手当および調整手当)とし、割増賃金は時間外労働等の有無や多寡に直接関係なく決定している。

 割増賃金の総額は、基本給等を通常の労働時間の賃金として算定した金額が時間外手当の額となり、その他の金額が調整手当の額となる。

 当社の従業員が、これではいくら働いても賃金が増えず、おかしいのではないかと質問してきたが、この取扱いは間違っているのか?

 会社としては、非効率的な時間外労働が行われることによって割増賃金が生じるといった非生産的な時間外労働をなくすために、賃金総額を基本給と残業代に形式的に振り分けて支払う形をとる場合があります。

 予め割増賃金を一定額に固定して支払う固定残業代制度は、直ちに法違反として否定されるものではありませんが、どれだけ残業をしようとも賃金の額は増えないという仕組みをとることは、法律の趣旨に反し、適法な残業代の支払い方法だとは認められません

 どのような賃金制度をとるかについては、一義的には会社が決めることだとしても、基本給や残業代の取扱いについては、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを明確に区別できる仕組みとするなど、法律の限度を踏まえた内容と手続の対応をとることが必要となります。

<POINT1.固定残業代について>

 タクシー会社や運送会社では、固定残業代制度をとっている例が見られます。

 固定残業代とは、労働者の時間外労働の有無にかかわらず、予め割増賃金を一定額に固定して支払う残業代をいい、賃金総額を歩合給などで事実上決定して、それを基本給や割増賃金に振り分けるもので、賃金総額は業務内容で決まり毎月変動することとなります。

 このようなやり方がとられるのは、時間の長短にかかわらず運賃・料金は変わらないという運輸・運送業界の実態において、会社としては、非効率的な時間外労働が行われることによって割増賃金が生じるといった非生産的な時間外労働をなくすために、賃金総額を基本給と残業代に形式的に振り分けて支払う形をとる背景があります。

 

<PIONT2.参考となる裁判例(未払賃金等請求事件・熊本総合運輸事件[最判令5.3.10])>

 トラック運送会社において、従業員ごとの業務内容に応じて、毎月の賃金総額(基本給と残業代)を定めて、賃金総額から基本給を差し引いたものを残業代としていたところ、労働基準監督署からの指導に基づき、賃金総額についてはそのままにして、基本給を従来の水準よりも低く改め、賃金総額からこの基本給を差し引いた額を割増賃金とする新賃金体系にしました

 この割増賃金は、従来の水準を改めた基本給を基準にして、実際の残業時間に応じて計算した時間外手当と新たな調整手当で構成されていました。労働者は、これではいくら働いても賃金が増えないとして訴えを起こしました。

 

<1審・2審の判断>(要旨)

 基本給に対する残業代は、時間外手当として他から区別して支払われているが、新たに導入された調整手当は、時間外労働等の時間数に応じて支払われていたものとは認められず、この部分については労働基準法37条の割増賃金が未払い残業代として支払う義務がある。

 

<最高裁の判断>(要旨)

  1.  使用者は、労働基準法第37条に定める方法のほか、雇用契約に基づいて、それ以外の方法により算定された手当を、時間外労働等に対する対価として支払うことによって、同条の割増賃金を支払うことができる。同条の割増賃金を支払ったものといえるためには、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の割増賃金に当たる部分とを「判別」できることが必要である。
  2.  雇用契約において、ある手当が時間外労働等に対する「対価」として支払われるものとされているかどうかは、雇用契約書等の記載内容、労働者に対する手当等に関する説明の内容、実際の労働時間等の状況、などの諸事情を考慮して判断すべきであり、雇用契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置づけ等も留意しなければならない。
  3.  本件では、時間外労働等の有無や多寡と直接関係なく決定されている割増賃金の総額のうち、基本給等を通常の労働時間の賃金として労働基準法第37条等に定められた方法によって算定された額が時間外手当の額となっていて、その他の額が調整手当の額となっていることが認められる。時間外手当と調整手当については、前者の額が定まることにより当然に後者の額が決まるという関係にあり、両者が区別されているのは、割増賃金の内訳として計算上区別された数額に対して、それぞれ名称がつけられているというだけの意味に過ぎない。時間外手当の支払により労働基準法第37条の割増賃金が支払われたものといえるかを検討するに当たっては、本件時間外手当と調整手当からなる割増賃金が、「全体」として時間外労働等に対する対価として支払われているか否かによって決まることになる。
  4.  会社が新しい給与体系を導入するに際して、十分な説明があったとは認められない。
  5.  以上、割増賃金のうち、どの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかが明確になっているとは認められないので、本件割増賃金について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法第37条の割増賃金に当たる部分とを「判別」することはできない本件割増賃金の支払いにより、同条の割増賃金が支払われたものということはできず、時間外手当と調整手当とは実質同じものであり、まとめて割増賃金として判断すべきである。

 

<最高裁判決における少数意見>(要旨)

  1.  労働者が使用者の個別の了解を得ずとも時間外労働を行い得る労働環境があり得、そのような環境下では、労働者の限界生産性が時間外労働に対する対価を下回ってもなお、労働者がさらに時間外労働を行おうとする事態(非生産的な時間外労働)が生じやすく、使用者が固定残業制度を利用しようとすることは、経済合理的な行動として理解できる。
  2.  しかし、実質において通常の労働時間の賃金として支払われるべき金額が、名目上は時間外労働に対する対価として支払われる金額に含まれているという方法は、固定残業代の支払いによって法定割増賃金の支払として認めるべきではない。

 

<PIONT3.まとめ>

 非生産的な時間外労働に対しては、そのことを理由に、ただちに残業代を支払わず、また、どれだけ残業をしようとも賃金の額は増えないという賃金体系とすることは、適法な残業代の支払い方法だとは認められません。

 いわゆるダラダラした残業があってよいわけではないという考え方が背景にある中で、判決が示すように、賃金体系を工夫して、法律の限度を踏まえた内容と手続の対応をとることが必要となります。

※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております※


≪参考となる法令・通達など≫

  • 労基法37条
  • 労基則19条
  • 国際自動車(第2次上告審)事件[最判令2.3.30]
  • 熊本総合運輸事件[最判令5.3.10]