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■解雇無効の主張は長期間経過後でも可能か

 3年ほど前に解雇した元従業員から突然「あのときの解雇は無効だった」と裁判を起こされた。

 解雇当時、その元従業員も納得し、退職金も受領しているので、今更なぜこのような主張をしてくるのかわからない。

 解雇無効の主張は、このように数年経過した後も可能なのか。

 解雇無効の主張については、時効や除斥期間に関する明文の規定がありません

 この点からすると、いつまでも主張できるということになりますが、権利行使に関する一般原則である信義誠実の原則(民法1条2項)等からして、一定期間経過後の訴訟の提起を認めない裁判例もあります

 一定期間については個々の事案について判断されるため、「何年」という明確な基準はありませんが、お題の場合の「3年」については、信義誠実の原則からして認められないほど長期間経過しているとまではいえず、裁判所は、訴え自体は有効なものとして扱い、貴社が行った解雇が有効なものであったか、あるいは無効のものであったかについて、改めて判断されると考えます。

<POINT1.解雇無効の主張が行われる時期について>

 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合はその権利を濫用したものとして無効とされます(労働契約法16条)。

 また、期間の定めのある労働契約について、やむをえない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができないとされています(労働契約法17条)。

 解雇された労働者は、解雇の無効を主張して裁判所に訴訟を提起することができ、裁判所は、解雇に客観的に合理的な理由があるか否か等につき判断し、解雇の有効・無効を判断することになります。

 ただし、解雇無効を主張する場合は、解雇されてから2年以内に訴訟を提起するのが一般的といえます。なぜなら、賃金請求権の時効は3年とされており(退職金については5年)、例えば、解雇時から3年経過後に訴訟を提起した場合は、解雇が無効とされたとしても、解雇時から2年間の賃金請求権は時効により消滅しており、解雇時にさかのぼってその分を支払わせることができなくなるからです。しかし、賃金請求権が消滅していても解雇無効を争い、職場復帰を目指すか、賃金ではなく損害賠償金を請求するという場合もあります。では、解雇無効の主張は、解雇時から長期間経過していてもできるのでしょうか。

 

 

<PIONT2.解雇無効の主張と信義誠実の原則>

 解雇無効の主張については、民法や労働法に時効や除斥期間(一定期間の経過によって権利を消滅させる制度。中断せず当事者の援用も要しない等、時効と異なります。)の規定がありません。行政事件訴訟法にある出訴期間のような規定もありません。したがって、解雇無効の主張を制限する明文の規定がないということからすれば、いつまでも解雇無効を主張することができるということになります。

 しかし、裁判例では、権利行使に関する一般原則である信義誠実の原則(民法1条2項)等からして、一定期間経過後の解雇無効の主張を認めないものがあります。例えば、解雇から約10年後の解雇無効の主張につき、「信義則上からも、いまさら解雇の無効を理由に雇用関係の存在を主張し、雇用契約上の権利を行使することは許されない」とするもの(播磨造船解雇事件[大阪高判S41.4.22])や、県職員の罷免処分から10年経過後に提起された処分無効の主張につき、「10年という長年月が経過した後において、突如として本件処分無効を主張するが如きは、〔中略〕信義誠実の原則に反するものというべきであるから、原告らは、本訴において本件処分の無効を主張することは許されない」とするもの(愛知県技術吏員免職事件[名古屋地判S46.5.26])があります。

 他方、解雇後6年有余が経過している訴訟提起が訴権を濫用するものではないとするもの(浅田化学解雇事件[大阪高判S39.6.30])や、解雇後8年あまり経過した後の解雇無効の主張が信義側に反すると認められるべき特段の事由にはあたらないとするものがあります(旧電気通信省免職事件[東京地判S44.6.5])。

 

 

<PIONT3.結論>

 前掲の裁判例からすると、解雇から10年以上を経過している場合の訴訟の提起は、信義則に反し認められないといってよいと考えます。

 前掲の裁判例では、8年や6年経過後の訴訟提起が認められており、個々の事案によっては異なりますが、10年経過していない場合は、おおむね信義側には反しないとされる可能性が高い印象があります。前掲の浅田化学解雇事件では、「一般債権についての消滅時効期間にも達しない7年未満の経過は特に長期とは認められない」とも判示しています

 一般債権の消滅時効は民法上は、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき、権利を行使することができる時から10年間行使しないときは消滅する旨規定されています(第166条第1項)。

 ただし、これらの規定は、その施行日である令和2年4月1日前に発生していたり、発生原因が生じていた債権については旧法にいう「債権が行使できる時」のみを起算点とする時効期間が適用されますので、この点注意を要します。)。この規定について争点となった裁判例はまだ示されていませんが、これまでの裁判例からすると、解雇無効の主張ができるか否かは、解雇から10年以上経過しているか否かが一応の目安になると考えられます。

 お題のケースは、解雇から3年経過しているということなので、訴訟の提起は認められ、解雇が解雇権濫用法理に照らし有効なものであったか、あるいは無効なものであったかについて実質的な判断がなされることになると考えます。

 なお、退職金を異議なく受領しているという点については、訴訟提起が信義則に反するか否かという判断に大きく影響するものではないと考えられます。前掲の浅田化学解雇事件では、解雇当時に退職金等を受領していても、解雇無効の訴訟の提起行為自体を違法とするものではないと判示しています。

※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております※

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≪参考となる法令・通達など≫

  • □民法1条2項、166条1項
  • □労働契約法16条、17条

≪参考となる判例≫

  • 浅田化学解雇事件[大阪高判S39.6.30]
  • 播磨造船解雇事件[大阪高判S41.4.22]
  • 旧電気通信省免職事件[東京地判S44.6.5]
  • 愛知県技術吏員免職事件[名古屋地判S46.5.26]