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■被害妄想から職場で嫌がらせを受けていると思い込み、無断欠勤を続ける者を懲戒解雇できるか

 ある従業員が、被害妄想などから職場で盗撮や盗聴などの嫌がらせを受けていると思い込み、自分自身でこれらの行為がなくなったと判断できるまでは出勤しない、と連絡があった。

 職場を調査した結果、被害事実はないことが判明したので出勤するよう命じたが、これにも応じず、有給休暇が残り少なくなると休職の特例を申し出てきた。

 もちろん受け入れることはできないので断ったところ、応答もなくなり、その後30日間経った現在も無断欠勤を続けている。

 この従業員を懲戒解雇としようと思うが、問題はないか。

 まず、懲戒解雇を含め、懲戒処分について予め就業規則に規定しておくことが必要です。

 お題のような事由(正当な理由のない長期の無断欠勤)が、懲戒処分の対象となることをあらかじめ就業規則に規定してあれば、懲戒解雇の事由になりえますが、お題の場合と類似のケースについて、精神的な不調による欠勤は「正当な理由のない無断欠勤」にあたらず、懲戒処分(諭旨退職)を無効とした最高裁判例があるので注意が必要です。

<POINT1.懲戒について就業規則の規定が必要>

 懲戒解雇を含め、懲戒処分を行う場合は、それを行う根拠として、懲戒についてその種類および程度等が就業規則に規定されていることが必要です。そのうえで、労働者の行為がその就業規則で定める懲戒事由に該当することが必要です。

 一般的に、「正当な理由のない長期の無断欠勤」を懲戒解雇の事由とすることは可能と考えられますので、その旨あらかじめ就業規則に定めておくことが必要です。

 なお、労働基準法第20条に基づき、労働者の責めに帰すべき事由により予告なく即時解雇する場合には労働基準監督署長の解雇予告除外認定を受ける必要がありますが、その解雇予告除外認定基準では、「原則として2週間以上正当な理由なく無断欠勤し、出勤の督促に応じない場合」には認定されることとなっています(昭23.11.11基発1637、昭31.3.1基発111)。

 

 

<PIONT2.懲戒には「合理的な理由」が必要>

 また、懲戒については、労働契約法第15条により、懲戒が、当該懲戒にかかる労働者の行為の性質および態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、懲戒権を濫用したものとして無効とされますので、懲戒解雇においても客観的に合理的な理由があって、社会通念上相当であると認められることが必要です。

 

 

<PIONT3.「正当な理由のない無断欠勤」にあたらなければ懲戒処分は無効>

 正当な理由のない長期の無断欠勤を理由に、当該労働者について就業規則に基づいて懲戒解雇を行う場合、当該欠勤が「正当な理由のない無断欠勤」にあたることが必要ですが、お題の場合と類似のケースについての最高裁判例(日本ヒューレット・パッカード事件[最判H24.4.27])がありますのでみてみましょう。

 事案(日本ヒューレット・パッカード事件)は、会社に従業員として雇用された労働者(システムエンジニア)が、会社から就業規則所定の懲戒事由である正当な理由のない無断欠勤があったとの理由で諭旨退職の懲戒処分を受けたため、この懲戒処分は無効であるとして提訴したもので、判決では、次のように判断しています。

 

  1.  本件労働者は、被害妄想など何らかの精神的な不調により、実際には事実として存在しないにもかかわらず、約3年間にわたり加害者集団からその依頼を受けた専門業者や協力者らによる盗撮や盗聴等を通じて日常生活を子細に監視され、これらにより蓄積された情報を共有する加害者集団から職場の同僚らを通じて自己に関する情報のほのめかし等の嫌がらせを受けているとの認識を有しており、そのために、同僚らの嫌がらせにより自らの業務に支障が生じており自己に関する情報が外部に漏えいされる危険もあると考え、会社に上記の被害にかかる事実の調査を依頼したものの納得できる結果が得られず、会社に休職を認めるよう求めたものの認められず出勤を促すなどされたことから、自分自身が上記の被害にかかる問題が解決されたと判断できないかぎり出勤しない旨をあらかじめ会社に伝えたうえで、有給休暇をすべて取得した後、約40日間にわたり欠勤を続けたものである。
  2.  このような精神的な不調のために欠勤を続けていると認められる労働者に対しては、精神的な不調が解消されないかぎり引き続き出勤しないことが予想されるところであるから、使用者である会社としては、その欠勤の原因や経過が上記のとおりである以上、精神科医による健康診断を実施するなどしたうえで、その診断結果等に応じて、必要な場合は治療を勧めたうえで休職等の処分を検討し、その後の経過を見るなどの対応を採るべきであり、このような対応を採ることなく、労働者の出勤しない理由が存在しない事実に基づくものであることからただちにその欠勤を正当な理由なく無断でされたものとして諭旨退職の懲戒処分の措置を執ることは、精神的な不調を抱える労働者に対する使用者の対応としては適切なものとはいいがたい。
  3.  以上のような事情の下においては、労働者の上記欠勤は就業規則所定の懲戒事由である正当な理由のない無断欠勤にあたらないものと解さざるを得ず、上記欠勤が上記の懲戒事由にあたるとしてされた本件処分は就業規則所定の懲戒事由を欠き無効であるというべきである。

 

<PIONT4.精神的な不調による欠勤の場合の対応>

 このように、この判例では、労働者の精神的な不調による欠勤は「正当な理由のない無断欠勤」にはあたらないとして、懲戒処分を無効とするとともに、会社の対応について、精神的な不調により欠勤している労働者に対しては、精神科医等専門医に受診させ、必要な治療等を受けさせて、そのうえで休職等の処分を検討し、経過を見るなどの対応をとるべきであるとしています。

※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております※

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≪参考となる法令・通達など≫

  • 労働契約法15条、16条
  • 労基法89条
  • 昭23.11.11基発1637
  • 昭31.3.1基発111