内定者に対し「入社承諾書」の提出を求めており、これまでその受領後の内定辞退の申し出は一度もなかったのだが、今回初めて内定辞退の申し出があった。
このような者を無理に入社させるつもりはないのだが、入社準備のためにすでにかかった費用の損害賠償請求など、なんらかの対抗手段はとれるのか。
内定の通知と「入社承諾書」の提出により、会社と内定者との間には労働契約が成立したものと考えられますが、期間の定めのない労働契約の場合、民法は、当事者はいつでも解約の申し入れをすることができるものとしています。
したがって、あまりにも信義に反するようなものでない限り、内定者が内定辞退をしたからといって損害賠償を請求することは難しいものと考えます。
<POINT1.採用内定と労働契約の成立>
お題「Q」に回答えする前に、まず、「内定者と会社との間に労働契約が成立しているかどうか」について検討します。
労働契約は、「労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する」(労働契約法6条)ものです。したがって、労働者が実際に労務を提供する前であっても、労働契約が有効に成立する場合があります。
そこで、採用内定通知の送付から実際に就労するまでの、どの段階で労働契約が成立するのかが問題となりますが、ここでは、採用を通知したときと入社応諾書等を提出したときに分けて、労働契約の成立についてみてみることにします。
行政解釈では、「会社の採用通知が労働契約締結についての労働者の申込に対して労働契約を完成せしめる使用者の承諾の意思表示としてなされたものであれば、会社の採用通知によって労働契約は有効に成立」(昭27.5.27基監発15号)するとしています。したがって、採用通知が労働契約締結の申込みに対する「承諾の意思表示」としてなされた場合であれば、内定者との労働契約が成立したことになります。
これに対して、採用通知が「労働契約の締結についての承諾の意思表示」ではなく、「労働契約締結の予約」としてなされた場合には、「その意思表示によっては未だ労働契約そのものは有効に成立」(前同)していないものとされています。
では、労働契約締結の「承諾の意思表示」であるか「予約」であるかは、どのように判断すればよいのか・・・。
この点について、行政解釈では、「具体的な個々の事情、特に採用通知の文言、当該会社の労働協約、就業規則等の採用手続きに関する定め、及び従来の取扱慣例による採用通知の意味等について綜合的に判断して決定されるべきもの」(前掲通達)とされ、採用通知が何らの条件を付すことなくなされた場合、例えば、赴任日や出社日などが採用通知に示されなかった場合には、一般に労働契約締結の予約と認められる要素が強い、としています。
お題「Q]では、内定者から「入社承諾書」の提出を求め、これを受領したとのことですが、このような場合には、貴社と内定者との労働契約は有効に成立したものとみられる、と考えます。
<PIONT2.内定辞退は法的に有効>
以上にみてきたように、会社と内定者の間には労働契約が成立している場合があります。
では、この場合、内定者は、内定先の会社に必ず入社しなければならないのか・・・?
前述のように、会社と内定者との間には労働契約が成立していますが、民法627条は、「当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる」と定めており、労働契約の一方の締結当事者はいつでも当該労働契約を解除することができることとしています。(ただし、使用者が内定を取消すときは制約が課せられます)。
したがって、内定者(労働者)は、いつでも内定(締結した労働契約)を取り消すことができ、会社は、内定者に対して入社を強制することはもちろん、損害賠償を請求することについても、内定辞退があまりにも信義に反するようなものでない限り、できません。
なお、内定辞退に備えて損害賠償を予定するような特約を設けることは、「労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」とする労働基準法第16条の規定に反し、無効となります。
したがって、内定辞退は内定という制度に内包されるリスクと考えざるをえず、入社承諾書の提出も、心理的な効果にとどまるものと考えられます。
※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております※
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≪参考となる法令・通達など≫
- 労働契約法6条
- 民法627条
- 労基法16条
- 昭27.5.27基監発15