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■明示された解雇事由以外の事由の解雇

 就業規則に明示された解雇事由以外の事由で解雇することはできないのか。

 また、従業員が10人未満の小規模な事業所などで就業規則を作成していない場合には、いかなる理由があっても従業員を解雇することはできないのか。

 平成15年の労働基準法の改正で、就業規則に規定すべき「退職に関する事項」に「解雇の事由」が含まれることが明確にされました。

 したがって、解雇事由の記載を怠った場合には、就業規則作成義務違反になります。

 しかし、このことと解雇ができるかどうかは別問題。

 雇用契約の性質上、使用者は本来的に従業員を解雇する権限を有しており、就業規則の解雇事由が制限列挙と解されるような場合は別として、使用者は就業規則上の解雇事由に該当しなくても、客観的に合理的な理由があると認められる限りは従業員としての適格性の欠如や信頼関係の喪失を理由として解雇することができると考えられます。

 このことは、従業員10人未満の事業場で就業規則を作成していない場合についても同様です。

POINT1.就業規則

 就業規則とは、労働者の労働条件や服務規律などの具体的細目について定めた規則類のことをいいます。

 常時10人以上の労働者(パートタイマーやアルバイトなどを含みます。)を使用する事業場には、労働基準法第89条で就業規則を作成することおよび所轄労働基準監督署長へ届け出ることが義務付けられています。

 就業規則の作成にあたっては、労働時間関係、賃金関係および退職関係に関する事項は、就業規則の絶対的必要記載事項として必ず記載しなければなりません

 このほか、退職金制度、慶弔見舞金制度など事業場内で制度を設ける場合には必ず就業規則に記載しなければならない相対的必要記載事項記載するかどうか任意である任意記載事項があります。

 常時10人未満の労働者を使用する事業場については労働基準法上の作成・届出義務はありませんが、労働時間、賃金等の労働条件や労働者が守るべき職場の服務規律を明らかにすることにより、労働者が安心して働くことができますし、また、労使間の無用なトラブルの未然防止に資するためにも就業規則の作成整備は望ましいことです。

 

 

PIONT2.規定の不備と解雇権

 常時10人以上の従業員を使用している事業場については、就業規則を作成し所轄労働基準監督署長に届け出る義務があることは上に見たとおりです。

 平成15年の労働基準法の改正で「退職に関する事項」に「解雇の事由」が含まれることが明確にされ、「解雇の事由」が就業規則の絶対的必要記載事項となりました

 したがって、解雇事由の記載を怠った場合には、就業規則作成義務違反として、罰則(30万円以下の罰金刑)の対象となります(労基法120条1号)。

 次に解雇事由の規定を怠った場合、または解雇事由の列挙が網羅的でない場合に他の理由で解雇ができるかが問題となります。

 学説上は、今回の改正で使用者は解雇事由をすべて就業規則に記載することを要求され、これを怠った場合は記載された解雇事由以外の解雇は許されないとする厳格な見解もあります

 しかし、雇用契約の性質上、使用者は本来的に従業員を解雇する権限を持っています

 そして、解雇事由の規定を全部あるいは部分的に怠ったことによる労働基準法の違反と、他の解雇事由による解雇ができるかどうかは別問題であり、使用者が解雇事由を限定したことが制限列挙と解されるような場合には他の解雇事由による解雇は認められませんが、そのような事情がない場合には使用者は就業規則上の解雇事由に該当しなくても、客観的に合理的な理由があると認められる限り、従業員としての適格性の欠如や信頼関係の喪失を理由として契約関係を終了させることができる、すなわち解雇することができる、とするのが通説的な見解です。

 したがって、解雇事由の記載を全く怠った場合でもそのことをもって直ちに従業員を一切解雇ができなくなるというわけではありません。また、解雇事由の列挙が網羅的でなく、該当する解雇事由がない場合についても同様です。

 ただし、解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合はその権利を濫用したものとして無効となります(労基法18条の2)。この解雇権の濫用を根拠付ける事実の1つとして、使用者が解雇事由の記載を全く怠るという労働基準法違反をしていたという事実が斟酌される可能性はあり得ます。

 

 

PIONT3.従業員10人未満の事業場の場合

 従業員10人未満の事業場で就業規則を作成していない場合については、これらの事業場には、もともと就業規則の作成届出義務は課されていませんので、労働基準法違反の問題は生じませんし、解雇の権限については、従業員10人以上の事業場の場合と同様、客観的に合理的な理由がある場合には解雇は可能であると考えられます。

 

 

PIONT4.労働契約締結時の明示

 平成15年の労働基準法の改正に併せ、労働契約を結ぶ際に、「解雇の事由」もまた「退職に関する事項」として、書面によって明示しなければならないことが労働基準法施行規則上明確にされました。

 したがって、この点については事業場の規模の大小、就業規則の作成義務の有無に関係なく対応しなければならないことに注意が必要です。

 なお、明示の際に、就業規則がある場合は、当該労働者に適用される就業規則の関係条項を網羅的に示すことで足りるとされています。

※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております※

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≪参考となる法令・通達など≫

□労基法89条1項3号

□労基則5条1項4号

□平15.10.22基発1022001