従業員Aは、たびたび遅刻や無断で職場を離れるような行為を繰り返している。
再三の上司の注意にもかかわらず、改善されない。
軽微な規則違反を繰り返す場合にも懲戒解雇できるのか。
解雇を含め懲戒処分が有効となるためには、懲戒事由とのバランスにおいて、その処分が社会通念上相当と認められる合理的理由をもつことが必要です。
懲戒解雇は、従業員としての身分を失わせるという懲戒処分の中でも極刑ともいえる厳しいものなので、このケースのような、一つ一つは軽微な規則違反であっても、全体として見れば、その従業員を企業外へ排除する懲戒解雇という処分が社会通念上相当と認められるか否かという点がポイントとなります。
過去の裁判例もこのような観点から判断しているようです。
また、労働契約法において、権利濫用と認められる懲戒や解雇は法的に無効であると定められました。
したがって、このケースの場合についても、こうした観点から十分に検討した上で判断する必要があると考えます。
<POINT1.懲戒事由と処分のバランス>
懲戒は使用者の固有の権限に属するものではありますが、もちろん無制限に行使することができるものではありません。
最高裁の判決にもあるとおり、「使用者の懲戒権の行使は、当該具体的事情の下において、それが客観的に合理的理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合に初めて権利の濫用として無効になると解するのが相当」(ダイハツ工業事件)と考えられます。
一般に、企業の就業規則においては、各種の懲戒事由と懲戒処分の種類が規定されており、懲戒事由が認められた場合、その事由の内容、性質などの事実関係の確認のための調査等を行った上で適切と考えられる内容の処分が選択されて懲戒が行われていますが、処分が有効・適法となるためには、両者のバランス・均衡がとれている必要があることに留意しなければなりません。
<PIONT2.度重なる非違行為と懲戒処分>
1回の懲戒事由に該当する非違行為に対する懲戒処分の有効、適法性についての上記の考え方は、数回、または度重なる非違行為に対する懲戒処分についても当てはまります。
一般に、従業員が何らかの非違・規則違反行為を行った場合、それが軽微なものであるときは、口頭で注意するなどによって対処し、特段に懲戒処分には付さない例が多いとも考えられますが、軽微な非違行為などであっても、それが数回、度重なった場合には懲戒処分の止むなきに至ることもあります。
これまでもこのような例について、その処分の有効、適法をめぐって争われた裁判例が示されています。
例えば、タクシーの乗務員について、メーター不倒、交通事故、業務命令不服従などに対する懲戒処分を後の業務命令への不服従に対しての懲戒解雇が認められた例(あけぼのタクシー事件)、ビル警備員について、最終巡視の際の確認不十分、服装の乱れ、禁止されている場内での自動車運転、報告書の不提出などが業務命令違反等とされてなされた懲戒解雇が認められた例(富山建物管理興業事件)や、逆に、度重なる遅刻など14の非違行為に対する懲戒解雇が無効とされた例(与野市社会福祉協議会事件)などがあります。
いずれにしても、度重なる非違行為に対して懲戒処分を行いうることは確かですが、その際には、仮にこれらの各行為の個々については軽微と判断されても、非違行為を全体として総合した企業秩序違反の程度とそれに対する懲戒処分の内容との軽重のバランスが図られていることが必要です。
<PIONT3.労働契約法の規定>
これまでの判例の法理を踏まえて制定された労働契約法において、懲戒と解雇に関する規定がもうけられています。
懲戒に関しては、その懲戒に係る労働者の行為の性質・態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない懲戒は、権利の濫用として無効とする旨規定され、また、解雇に関しても、客観的に合理的な理由を欠き、相当と認められない解雇は、権利の濫用として無効とする旨規定されています。
懲戒および解雇の有効性に関し、法律に規定された意義は大きく、今後はこれらの規定に沿った対応がより求められます。
<PIONT4.懲戒処分の有効性要件>
懲戒処分を有効なものとするためには次の4つの基準を満たす必要があります(一部では3つとも言われており、「要件」ではなく「要素」に近くなっているのかもしれません)。
1.罪刑法定主義類似等の原則
・①処分理由となる事由 ②懲戒の種類・程度 ③①と②が就業規則に明記されていなければならない。
・懲戒規定が設けられる前の事犯について遡及して適用してはならない。(不遡及の原則)
・一事不再理の原則。(二重処分の禁止)
2.平等扱いの原則
・同一の事由については、懲戒の種類・程度も同一でなければならない。
3.相当性の原則
・規律違反の種類や程度、諸般の事情に照らして妥当な懲戒でなければならない。
4.適正手続
・就業規則や労働協約に規定する手続きを踏まなければならない。規定がない場合であっても弁明の機会を与えるなどの手続きを行わなければならない。
※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております※
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≪参考となる法令・通達など≫
□労働契約法15条、16条
≪参考となる判例≫
□ダイハツ工業事件[最判S58.9.16]
□あけぼのタクシー事件[福岡地判S56.10.7]
□富山建物管理興業事件[名古屋地判S56.12.25]
□与野市社会福祉協議会事件[浦和地判H10.10.2]