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■同業他社への転職の制限について考える

 自社にとって有能な技術者である従業員Aが、退職願を提出した。

 同業他社から待遇面で好条件を示され、スカウトされたとの情報を得た。従業員Aは、当社の製品開発の中枢を担ってきた従業員であり、同業他社に転職されることは、当社に危機を招くことになりかねない。

 このような転職を制限することは可能なのか。

 営業上の秘密や会社の重要な技術的ノウハウを知っている従業員が退職後同業他社に就職したり、独立して同業を開始するというケースは少なくありません。

 自社の技術・ノウハウが同業他社に流れたり、これまで開拓してきた顧客や取引先が奪われては、会社にとって大きな損失になります。

 そこで、退職に際して同業他社への就職や独立開業を禁止する特約をしたり、あらかじめ就業規則にこれらの禁止事項を規定しておく場合があります。一般に競業避止義務といわれますが、労働者の競業避止義務そのものについての法律の規定はなく、このような特約をすることは可能です。

 しかし、競業避止義務は職業選択の自由、営業の自由を不当に制限するものであってはならず、その内容が会社の利益を守るための最小限のものであるなど、合理的な内容を備えたものであることが必要であると考えます。

 労働者が在職中に労働契約の信義則上の義務として競業避止義務を負うことは当然と考えられています。

 問題は、退職後もこのような義務があるかということですが、一般的には競業避止に関する労働契約上の特約または就業規則上の同旨の規定がなければ義務を負わないという考え方が支配的です(中部機械製作所事件[金沢地判S43.3.27]、日本コンベンションサービス事件[大阪地判H8.12.25]参照)。

 特約等があれば義務があるということになりますが、特約の内容が不当に労働者の職業選択の自由、営業の自由を制限するものであってはならないのが原則です。

<POINT1.競業避止義務の特約の合理性>

 特約等の合理性については、次のような点から判断されております。

  1. 使用者の正当な利益の存在
  2. 労働者の地位
  3. 競業制限の期間、地域、職種・業種の範囲
  4. 代償措置

 競業避止義務の特約を有効とした裁判例として、フォセコ・ジャパン・リミテッド事件(以下「フォセコ事件」という。)があります。同判決も、競業の制限が合理的範囲をこえ、職業選択の自由を不当に拘束する場合には、その制限は公序良俗に反し無効になると述べ、「この合理的範囲を確定するにあたっては、制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、代償の有無等について……慎重に検討していくことを要する」と判示しています。

 1.については、特約によって保護されるべき使用者の正当な利益ということになりますが、いわゆる「営業上の秘密」がこれにあたります。

 例えば、顧客、取引先等の人的関係、製品製造上の材料、製法等に関する技術的秘密などが考えられます。したがって、労働者が在職中に得た一般的知識・技能を使って営業することは禁止されるものではなく、あくまで元使用者の営業上の秘密を利用することが禁止の対象になると考えられます。

 

 2.については、特約の相手方である労働者が、使用者の営業上の秘密を知ることができる立場にあるということです。

 この点に関しフォセコ事件判決は、「例えば、技術の中枢部にタッチする職員に秘密保持義務を負わせ、また右秘密保持義務を実質的に担保するために退職後における一定期間、競業避止義務を負わせることは適法・有効」としています。逆に、このような立場にない者に競業避止義務を負わせることは、職業選択の自由を不当に制限し、無効と判断されることになります。

 

 3.については、個々の事案ごとに異なり、一律的な判断基準を示すことは困難と考えます。

 フォセコ事件では、2年という競業制限の期間がもうけられていましたが、合理的な範囲と判断されています。また、地域については無制限とされていましたが、「技術的秘密である以上やむをえないと考えられる」としています。新製品の発売日まで短期間の競業避止義務を負わせる場合や、非常に近接した地域での競業を制限する場合は、問題ないと思われます。職業の範囲については、同一職種における競業に限定されることは当然と考えられます。

 

 4.についてですが、競業避止義務を負わせる場合は必ず代償措置が必要であるということではありませんしかし、代償措置の有無は特約の合理性を判断する際の重要な要素となります。

 フォセコ事件では、退職後の代償措置はなかったものの、在職中に機密保持手当が支給されていたことが考慮されています。また、退職に際して結ばれた競業避止契約を有効とした裁判例で、代償措置として退職後10か月間毎月一定額の贈与を受け取っていたという点を考慮したものがあります(日本警報装置事件)。

 

 

<PIONT2.競業避止義務違反と損害賠償等>

 競業避止義務の特約等が有効なものであれば、これに反する行為があった場合、使用者は損害賠償請求をすることができます。

 また、競業が不正競争防止法における不正行為にあたる場合は、同法に基づく差止請求ができます。

 

 

<PIONT3.特約のない場合で損害賠償等が認められるとき>

 競業が元使用者に対して特に背信的な場合は、競業避止義務の特約がなくとも損害賠償請求が認められるときがあります。

 会社を退職後、会社の顧客台帳を利用し、会社の顧客を競業会社との契約に切り替えさせた事件で、「労働契約継続中に獲得した取引の相手方に関する知識を利用して、使用者が取引継続中のものに働きかけをして競業を行うことは許されないものと解するのが相当であり、そのような働きかけをした場合は、労働契約上の債務不履行となる」として損害賠償請求を認めた裁判例(チェスコム秘書センター事件)、会社の取締役と従業員が一斉に会社を退職して競業会社を設立し、同一または類似の商品を販売した事件で、共同不法行為による損害賠償請求を認めた裁判例(東日本自動車用品事件)などがあります。

 

 

<POINT4.競業避止義務と退職金の減額・不支給>

 就業規則の規定や特約によって直接労働者に競業避止義務を負わせる方法のほか、退職後に競業する場合は退職金を減額したり、不支給とする規定を退職金規程にもうけ、間接的に競業を防止する方法もあります。

 この点に関し、同業他社に就職した退職社員に支給する退職金の額を、一般の自己都合退職の場合の半額と定めた退職金規則を有効と認めた最高裁判決(三晃社事件)や、競業の場合に全額不支給とする退職金規定は競業が特に背信的と判断される場合にかぎり適用されるとする裁判例(中部日本広告社事件)などがあります。

※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております※

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≪参考となる法令・通達など≫

□民法415条、709条

□不正競争防止法3条、4条

 

≪参考となる判例≫

□日本警報装置事件[東京地判S42.12.25]

□フォセコ・ジャパン・リミテッド事件[奈良地判S45.10.23]

□東日本自動車用品事件[東京地判S51.12.22]

□三晃社事件[最判S52.8.9]

□中部日本広告社事件[名古屋高判H2.8.31

□チェスコム秘書センター事件[東京地判H5.1.28]