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■賞与を支給日在籍者に支給する旨の規定の効力について

 従来から、賞与は支給日在籍者にのみ支給すると賃金規程に規定し、支給日時点で退職し在籍していない者については支給の対象としていないが、このような規定は法的に問題ないか。

 我が国の賃金には、毎月支払われる基本給、諸手当などの給与とは別に、概ね半年ごとの夏季および冬季に臨時給与が支払われる慣行があり、この“賞与”は“一般的”に、一定の賞与計算期間内の労働者の勤務に対して一定期日に支給されるもので、その計算期間を満足に勤務した者は、たとえ賞与支給期日までに退職しても、計算期間中の勤務時間の割合に応じて賞与の請求権があると考えられています。

 しかし、このことはあくまでも別段の定めがない場合のことであって、賞与支給協定あるいは賃金規程において、賞与は支給日在籍者に支給する旨の別段の定めをすれば、その定めに従うこととなります。

<POINT1.賞与の概要>

 我が国の賃金には、毎月支払われる基本給、諸手当などの給与とは別に、企業の業績や労働者の勤務成績などにより、概ね半年ごとの夏季および冬季に臨時給与が支払われる慣行があり、一般に賞与、ボーナスあるいは夏季・年末一時金などと称されています。この賞与制度は極めて広く普及し、その額も多額であり、我が国の賃金制度の特徴の一つとなっています。

 

 賞与は、通常、毎月払いの賃金のように必ず支給しなければならないものではなく、その支給基準、支給額、支給方法、支給期日、支給対象者などは原則として当事者間で自由に定め得るものです。

 

 

<PIONT2.賞与の性格>

 賞与の支給の考え方ないし賞与の性格については次のような諸説がありますが、現実に支払われている賞与は、これらの性格を併せもったものと考えられています。

  1. 我が国の生活習慣によるものであり、通常の月よりも多くの出費を要する盆暮の生活費をおぎなうものであるとする説
  2. 経営の安定のために、毎月の賃金は低めに抑えておき、期末にそれを精算するということで、月々の賃金に追加的に支払われるものである(賃金の後払いである)とする説
  3. 企業業績に対する功労報償または利益分配であるとする説
  4. 将来の労働への意欲向上や継続勤務を期待するものであるとする説

 

 

<PIONT3.賞与の役割および特徴>

 毎月支払われる賃金は、労働者の月々の生活を支える基本的な賃金であるために、企業業績の動向や労働の成果、労働者個々人の評価を強く反映させることが難しい面もあるのですが、賞与の場合は、毎月支払われる賃金に比べて、これらをある程度反映させることが可能であると考えられ、賞与を弾力的に支給することで、景気の動向にともなう人件費負担を緩和することができます。

 

 また、賞与には、出費がかさむ時期の生活補給金としての性格があると考えられており、一般的に賞与が支給されるのは夏季と年末ですが、それぞれ盆と年末年始における家計費の増大を賄うのに好都合といわれております。

 

 さらに、賞与は、割増賃金の算定基礎となる賃金にも含まれないので、賞与を増加させても時間外労働のコスト増につながりません。

 賞与制度は、このような役割および特徴を有していたために、我が国において広く普及したものと考えられます。

 

 

<POINT4.支給日在籍者に対する賞与の支給>

 通常、賞与(または一時金)といわれるもの――それが使用者の単なる恩恵的給付とみられる場合を除き――は、賃金としての性格をもち、その支給要件を満たす従業員はそれに対する請求権を有するものとされます。

 

 そして、賞与は、一般に一定の賞与計算(支給対象)期間内のその者の勤務に対して一定期日に支給されるもので、その計算期間を満足に勤務した者は、たとえ賞与支給期日までに退職しても特段の定めがない限り一賞与請求権を有し(日本ルセル事件[東京高判S49.8.27]、小糸製作所事件[東京地判S32.6.25]) また、賞与計算期間の一部のみ勤務して途中で退職した者は、特段の定めがない限り、計算期間中の勤務時間の割合に応じて同様の請求権があるとされます(ビクター計算機事件[東京地判S53.3.22]、大島園事件[東京地判S52.3.30])。

 

 しかし、このことはあくまで別段の定めがない場合のことであって、賞与支給協定あるいは賃金規程で別段の定めをすれば、その定めに従うことになり、賞与支給日現在の在籍者にのみ賞与を支給する旨の定めがその典型的なものです。

 

 これは、賞与は賃金とはいえ、本来の毎月の勤務に対応して毎月支給されるべき賃金とは異なり、比較的弾力性のある包括的給付たる性格をもつからです

 

 

<POINT5.支給日在籍者に対する賞与の支給>

 判例では、賞与支給規定で賞与は支給日に在籍する職員にのみ支給する旨を定めていたケースについて、「賞与は勤務時間で把握される勤務に対する直接的な対価ではなく、従業員が一定期間勤務したことに対して、その勤務成績に応じて支給される本来の給与とは別の包括的対価であって、一般にその金額はあらかじめ確定していないものである。従って労務提供があれば使用者からその対価として必ず支払われる雇用契約上の本来的債務(賃金)とは異なり……賞与を支給するか否か、支給するとして如何なる条件のもとで支払うかはすべて当事者間の特別の約定(ないしは就業規則等)によって定まるというべきである」から、支給日在籍者支給の規定自体を違法とはいえないとしています(梶鋳造所事件[名古屋地判S55.10.8])。

 

 最高裁も、やや控え目な表現ではありますが、次のように述べて、支給日在籍者規定も従来から慣行的に行っていたものを明文化したものである限り有効であるとしました

 「被上告人銀行においては……年2回の決算期の中間時点を支給日と定めて当該支給日に在籍している者に対してのみ……賞与が支給されるという慣行が存在し、右規則……の改訂は単に……右慣行を明文化したにとどまるものであって、その内容においても合理性を有するというのであり、右事実関係のもとにおいては支給日前に銀行を退職した上告人は賞与受給権を有しない」(大和銀行事件[最判S57.10.7])。

 

 <Q>の場合、従来からそのような定めをし、これによって賞与を支給してきたということですから、最高裁の考え方からいっても、その定めを有効と解してさしつかえないと考えます。

 

 また、「そもそも、賞与は、支給対象期間における労働の対償として、賃金としての性質を有しつつも、同時に、功労報奨的な性質や将来の勤務への期待、奨励という側面をも併せ持つもので、会社の業績や各従業員との勤務実績とを考慮して決せられるものである。このように、賞与が、月例の給与債権とはその性質を異にすることからすれば、賞与については、通常の月例賃金とは異なる取扱いを行うことが正当化されるところ、支給日在籍要件は、その受給資格者を明確な基準で定める必要性に基づくものである。また、労働者が任意に退職する場合は、その退職時期を自己の意思により選択することができるし、定年退職の場合などにも給与規程等でその支給時期を予測できることからすれば、このような規定により労働者に不測の損害を与えるともいえない。このような点からすれば、支給日在籍要件それ自体は、合理性があるもので、原則的には有効ということができる。」とされた判例(リーマン・ブラザーズ証券事件[東京地判H24.4.10])があります。

 

 なお、国家公務員について、「一般職の職員の給与に関する法律」第19条の4は、一般職職員の期末手当について、「期末手当は、6月1日及び12月1日(……基準日……)にそれぞれ在職する職員に対して……支給する。これらの基準日前1箇月以内に退職し、又は死亡した職員……についても、同様とする」と規定し、勤勉手当についても同旨の規定を置いています。

※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております※

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《参考となる法令・通達など》

□一般職の職員の給与に関する法律19条の4、19条の7

◇日本ルセル事件[東京高判S49.8.27]

◇小糸製作所事件[東京地判S32.6.25]

◇ビクター計算機事件[東京地判S53.3.22]

◇大島園事件[東京地判S52.3.30]

◇梶鋳造所事件[名古屋地判S55.10.8]

◇大和銀行事件[最判S57.10.7]

◇リーマン・ブラザーズ証券事件[東京地判H24.4.10]