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■犯罪行為をした場合に退職金を不支給とする誓約書は有効か

 私生活上の非行で逮捕、勾留されることがよく見受けられるが、企業秩序や職場規律を維持するため、従業員を採用する際に、「業務外であっても、犯罪行為をしたら懲戒解雇のうえ、退職金を不支給とする」という誓約書を提出させるようにした場合、このような誓約書の取決めはどこまで有効なのだろうか?

 就業規則に定めがない場合に、誓約書によってそれを補うことは有効であると考えます。誓約書も就業規則の規定と同様、労働契約の内容となるものだからです。

 しかし、誓約書に同意した場合であっても、実際にそれを適用しようとする事案が発生した場合には、その内容が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には無効になると考えます。

 【Q】のような、懲戒解雇および退職金を不支給とする取決めは、企業秩序に与えた影響の程度や犯罪行為の背信性の程度によって認められない場合がありますので、留意が必要であること。

<POINT1.懲戒権乱用法理>

 誓約書は、一般的に就業規則等によりすでに労働契約の内容となっている事項のうち、特に遵守を強く求める事項を労働者に再確認させるために用いられますが、就業規則等に定めがない場合には、誓約書により新たな法的効力が生じることになります。

 誓約書も就業規則の定めと同一の効力を持つ労働契約となるからです。

 ただし、就業規則や誓約書で遵守事項が定められ、それに違反したときは懲戒処分等を課すこととされている場合であっても、実際に懲戒事由が発生した場合に、その内容が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、懲戒権を濫用したものとして無効となる場合がある(労働契約法15条)ことは認識いただく必要があります。

 【Q】のような、私生活上の非行を理由とする懲戒解雇および退職金の不支給に、客観的合理性と社会的相当性があるかについて、以下でみていきます。

 

<PIONT2.私生活上の非行を理由とする懲戒処分の有効性>

 私生活上の非行を理由とした懲戒処分の有効性については、必ずしも具体的な損害の発生までは必要とされていませんが、

  1. 行為の性質・情状
  2. 会社の事業内容・規模、地位、 経営方針
  3. 従業員の職務内容 地位等

の事情から総合的に判断して、会社の社会的評価に及ぼす影響が相当重大であると客観的に認められる場合にかぎり有効なものとされています。

 例えば、非違行為をした従業員の会社名が報道された場合などがあります。しかし、この点について、鉄道会社の従業員が他社の電車内で痴漢行為をしたことを理由として懲戒解雇とした小田急電鉄事件[東京高判H15.12.11]では、①鉄道会社の従業員であること、②過去に同種の痴漢行為で罰金刑に処せられていること等から、当該非違行為が報道等で公になるか否かを問わず、懲戒解雇はやむを得ないものであるとして、懲戒解雇を認めた裁判例があります。

 このように、犯行が明らかな場合は、懲戒処分を行うことができますが、本人が犯行を否認している場合等で、罰条が確定しない場合に、その勾留中に懲戒処分を行うことは、不起訴となった場合のリスクを負うことになり得るので、慎重な対応が必要と考えます。

 

<PIONT3.退職金不支給とする誓約書の効力>

 次に、【Q】のような私生活上の非違行為の場合に、退職金を不支給ないし制限することが認められるかが問題となります。

 退職金は、功労報償としての性格をも有するものであることから、一般に、退職金を不支給ないし減額することができるのは、労働者のそれまでの勤続に対する功労を抹消ないし減殺してしまうほどの背信行為があったことを要するものとされています。

 前掲の小田急電鉄事件では、退職金支給規則に、「懲戒解雇により退職するもの〔中略〕には、退職金を支給しない」と規定されていたところ、裁判所は、退職金全額を不支給とするには、「業務上の横領や背任など、会社に対する直接の背信行為とはいえない職務外の非違行為である場合には、それが会社の名誉信用を著しく害し、会社に無視しえないような現実的損害を生じさせるなど、上記のような犯罪行為に匹敵するような強度な背信性を有することが必要である」とし、会社と直接関係のない私生活上の犯罪行為に対して退職金不支給にする場合には、強度の背信性を求めています

 ただし、それを有しない場合であっても、背信行為の具体的内容や勤続の功などの個別的事情に応じて、一定割合を減殺すべきものであるとして、本事案では過去の同社での退職金の支給事例も引き合いに出し、本来の退職金の7割を減額することを認めています。

 上記のほか、運送会社の従業員が業務終了後に酒気帯び運転をして懲戒解雇された事案で退職金の3分の1の支給を命じたヤマト運輸事件[東京地判H19.8.27]や、強制わいせつ致傷罪で有罪判決を受けた事案で退職金の4割5分の支給を命じたX社事件[東京地判H24.3.30]などがあります。

 したがって、【Q】のような、誓約書の定めに従業員が同意した場合であっても、企業が被る影響(損害)や当該非違行為の背信性の程度等によっては、退職金の全額を不支給とすることまでは認められない場合がありますが、上記裁判例のように一定の範囲で減額支給することは可能と考えます。

※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております※

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《参考となる法令・通達など》

□労働契約法第15条

□小田急電鉄事件[東京高判H15.12.11]

□ヤマト運輸事件[東京地判H19.8.27]

□X社事件[東京地判H24.3.30]