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■会社が定めた身だしなみ基準を遵守しない者の配置転換は可能か

 当社は接客業のため、身だしなみ基準を定めているが、従業員の中には髪型やひげ、ネイル等にこだわりをもち、身だしなみ基準を遵守しない者がいる。

 注意しても、身だしなみが改められない者は、内勤業務に配転をしようと思うが、問題はないか?

 一般に、企業は、企業内秩序を維持・確保するため、労働者に必要な規制、指示、命令等を行うことが許されるというべきですが、その権限には限界があります。

 特に、髪型やひげといった身だしなみは、人が労働者という立場を離れ、個人として自己の外観をいかに表現するかという個人の自由に関する事柄、つまり、人権にかかわる、と捉えられております

 さらに、髪型やひげに関する服務中の規律は、就業時間のみならず私生活にも影響がおよぶため、髪型やひげなどを理由に当然のように配置転換を行ったり、ひげをそるように命じることは原則としてできないと考えられます。

 認められるのは、当該企業の業種や当該労働者の職種等に照らし、身なりを規律する必要性や合理性がある場合にかぎられると考えます。

<POINT1.身だしなみの規律>

 髪型やひげといった身だしなみは、個人の自由に関する事柄であり、就業時間のみならず私生活にも影響がおよんでしまいます。

 しかしながら、社会人として、当然に、身だしなみを整えるべきといった要請もあり、対外的に「会社の一員」としてしかるべき行動をとることが期待され、服装が乱れていたり、髪型やひげ等で奇異な外見の者がいれば、業務に悪影響をおよぼす場合もあると考えます。

 したがって、当該企業の業種や当該労働者の職種等に照らし、身なり、服装等を規律する必要性・合理性が認められる場合には、これに対して、会社が職場規律に必要な事柄について規定を定め、労働者に必要な業務命令を発することにより、髪型やひげ、服装等に関して会社経営上必要かつ合理的な規律を行うことが可能です。

 ただし、この規律は、あくまでもその必要性・合理性が認められる場合にかぎられるということであり、限定的に解されています

<PIONT2.判例より>

 次に、具体的に裁判例でみてみます。 

 

□イースタン・エアポートモータース事件[東京地判S55.12.15]:ハイヤー運転手に対する口ひげの規制

 鼻下に口ひげを生やしていたハイヤー運転手について、「ハイヤー運転手は、乗務の性質上顧客に対して不快な感情や反発感を抱かせるような服装、身だしなみ挙措が許されないのは当然であるから、被告会社がこのようなサービス提供に関する一般的な業務上の指示・命令を発した場合、 それ自体合理的な根拠を有する」としつつ、乗務員勤務要領にある 『「ヒゲをそること」とは、〔中略〕不快感を伴う「無精ひげ」とか 「異様、奇異なひげ」を指している』としたもの。

 

□株式会社東谷山家事件[福岡地決H9.12.25]:頭髪を染めたことを理由とするトラック運転手の諭旨解雇

 茶髪にしたトラック運転手に対する諭旨解雇について、「労働者の髪の色・型、容姿、服装などといった人の人格や自由に関する事柄について、企業が、企業秩序の維持を名目に労働者の自由を制限しようとする場合、その制限行為は無制限に許されるものではなく、企業の円滑な運営上必要かつ合理的な範囲にとどまるというべく、具体的な制限行為の内容は、制限の必要性、合理性、手段方法としての相当性を欠くことのないよう特段の配慮が要請されるものと解するのが相当である」 として、諭旨解雇を無効としたもの。

 

□郵便事業(身だしなみ基準)事件[神戸地判H22.3.26]:長髪・ひげを理由に担当職務を限定する行為

 郵便事業において、長髪およびひげを不可とする「身だしなみ基準」をもうけ、ひげ(ハサミで整え) および長髪(引き詰め髪)の職員について、業務内容を深夜勤務のみとし窓口業務以外の業務に限定した事案について、身だしなみ基準は、「顧客に不快感を与えるようなひげ及び長髪は不可とする」との内容に限定して適用されるべきとして、 同基準を適用して業務内容を限定したことや同基準を人事評価の考慮対象としたことは裁量権を逸脱したものと判断したもの。

 

□大阪市(旧交通局職員ら)事件[大阪高判R1.9.6]:身だしなみ基準に基づく人事考課上の低評価

 大阪市交通局において、ひげはそることという旨の記載のある身だしなみ基準を定め、地下鉄の運転手に対して、度重なる指導を行い、その結果を人事考課へ反映させた事案について、

  1. 身だしなみ基準はあくまでも交通局の乗客サービスの理念を示し、職員の任意の協力を求める趣旨のものであり、一定の必要性および合理性が認められ、同基準の制定それ自体が違法であるとまではいえない
  2. 運輸長による人事上の処分等を示唆してひげをそるように求めたことは、身だしなみ基準の趣旨を逸脱して国家賠償法上違法であったと認められる一方、それ以外の上司による指導は、人事考課の際に不利益な事情として考慮されることを告げたことは認められるが、それをこえてひげをそることを強制していたとまでは認められない、
  3. 人事考課については、ひげを生やしていたことを理由に減点評価したものであって、裁量権を逸脱・濫用したもの

とし、国家賠償法上違法であると判断したもの。

<PIONT3.まとめ>

 このように、裁判例では、ハイヤー等の運転手窓口業務担当者などについて、髪型やひげなどの身だしなみについて基準をもうけることは認められますが、あくまでも、顧客に対して不快な感情や反発感を抱かせるような身だしなみに限定して適用されるべきであり、ひげをそることまでを求めることはできないとされています。

 また、身だしなみ基準が有効に認められる場合であっても、これに従わない者に対する制裁については、実際に髪型やひげなどが企業にとってただちに重大な問題といえる場合は多くないと考えられ、懲戒処分等による従業員の不利益を考えると、その発動は慎重であるべきと考えます。

※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております※

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≪参考となる判例≫

□イースタン・エアポートモータース事件[東京地判S55.12.15]

□株式会社東谷山家事件[福岡地決H9.12.25]

□郵便事業(身だしなみ基準)事件[神戸地判H22.3.26]

□大阪市(旧交通局職員ら)事件[大阪高判R1.9.6]