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■賃金減額を伴う配転は有効か

 当社の新規事業が中止となったため、新規事業担当部署に配置している従業員を他の部署へ配転しようと考えている。

 

 新規事業担当部署の従業員の中には、配転による職務変更にともない、職務等級が降格し賃金が減額してしまう者がいるが、このような配転を命ずることは可能か?

 配置転換にともなう職務等級の降格が恣意的なものでなく、制度の運用上やむをえないものである場合には、問題にはならないと考えられますが、賃金を必要以上に減額しているとみられるような場合には、配置転換命令・賃金減額いずれも無効となる可能性が高いと考えられます。

 

 配置転換に伴う賃金の上昇・減少については、その根拠を明確にしておくことが重大と考えます。

<POINT1.配置転換命令の根拠と合理性>

 配置転換により職務を変更することについては、労働契約上の根拠が必要となりますので、就業規則に定めておくことが必要です。

 

 そのうえで、配置転換が使用者の裁量により人事権の行使として命令されることになりますが、その際、この人事権の行使の合理性が問われることになります。すなわち、配置転換命令に合理性がなく、人事権の濫用と認められれば、当該配置転換命令は無効とされます。

 

 最高裁判決では、転勤命令について「業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であつても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもつてなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではない」としています(東亜ペイント事件[最判昭61.7.14])。

<POINT2.賃金減額の根拠と合理性>

 そして、配置転換による職務変更にともない、職務等級が変わり、降格となって賃金が減額となることもありえますが、この場合も賃金減額について就業規則上の根拠が必要ですし、当然その合理性が問われます。

 

 判例でも、「役割報酬の引下げは、労働者にとって最も重要な労働条件の1つである賃金額を不利益に変更するものであるから、就業規則や賃金規程に明示的な根拠もなく、労働者の個別の同意もないまま、使用者の一方的な行為によって行うことは許されないというべきであり、そして、役割グレードの変更についても、そのような役割報酬の減額と連動するものとして行われるものである以上、労働者の個別の同意を得ることなく、使用者の一方的な行為によって行うことは、同じく許されないというべきであり、それが担当職務の変更を伴うものであっても、人事権の濫用として許されないというべきである。」(コナミデジタルエンタテイメント事件[東京高判H23.12.27])とし、就業規則上の根拠のない賃金減額を人事権の濫用として無効としています。

<POINT3.賃金減額の合理性の判断要素>

 配置転換にともなう賃金減額に関する判例においては、次のように賃金減額の合理性についての判断要素を示しています。

  1.  「本件降格異動は、会社において人事権の行使として行われたものと認めるところ、こうした人事権の行使は、労働者の同意の有無とは直接かかわらず、基本的に使用者の経営上の裁量判断に属し、社会通念上著しく妥当性を欠き、権利の濫用に当たると認められない限り違法とはならないと解せられるが、使用者に委ねられた裁量判断を逸脱しているか否かを判断するにあたっては、会社側における業務上組織上の必要性の有無及びその程度、能力・適性の欠如等の労働者側における帰責性の有無及びその程度、労働者の受ける不利益の性質及びその程度等の諸事情を総合考慮すべきである。」(上州屋事件[東京地判H11.10.29]:降格異動が有効とされた例)
  2.  「従前の賃金を大幅に切り下げる場合の配転命令の効力を判断するにあたっては、賃金が労働条件中最も重要な要素であり、賃金減少が労働者の経済生活に直接かつ重大な影響を与えることから、配転の側面における使用者の人事権の裁量を重視することはできず、労働者の適性、能力、実績等の労働者の帰責性の有無及びその程度、降格の動機及び目的、使用者側の業務上の必要性の有無及びその程度、降格の運用状況等を総合考慮し、従前の賃金からの減少を相当とする客観的合理性がない限り、当該降格は無効と解すべきである。」(日本ガイダント事件[仙台地決H14.11.14]:賃金大幅減額をともなうされ配転が無効とされた例)
  3.  (就業規則に基づく)「給与減額の合理性の判断に際しては、当該給与の減額によって労働者の受ける不利益の程度(当該給与の減額に伴ってなされた配転による労働の軽減の程度を含む。)労働者の能力や勤務状況等の労働者側における帰責性の程度及びそれに対する使用者側の適切な評価の有無、会社の経営状況等業務上の必要性の有無、代償措置の有無、従業員側との交渉の経緯等を総合考慮して、判断されるべきものと解される。」(日本ドナルドソン事件[東京地八王子支判H15.10.30]:賃金大幅と減額が無効とされた例)
  4.  「本件人事発令にあっては、マネジメント職からそれ以外の一般職とて転載いうべきディベロップメント群に属する医療職への担当業務の変更が命じられたものであり、これに伴う給与規則所定のグレードの変更についても、担当職務の変更と一体のものとして、業務上の必要性の有無、不当な動機目的の有無、 通常甘受すべき程度を著しく超える不利益の有無等について検討し、人事権の濫用となるかどうかという観点からその効力を検討するのが相当である。」(L産業事件[東京地判H27.10.30]:人事発令が有効とされた例)
  5.   ⑤「会社が従業員に対して降級を行うには、周知性を備えた就業規則である新賃金規程の定める降級の基準に従ってこれを行うことを要するのであり、新賃金規程の下で会社が従業員に対し降級を行うには、その根拠となる具体的事実を必要とし、具体的事実による根拠に基づき、本人夏の顕在能力と業績が、 本人が属する資格(=給与等級)に期待されるものと比べて著しく劣っていると判断することができることを要するものと解するのが相当である。」(マッキャンエリクソン事件[東京高判H19.2.22]:降級処分が無効とされた例)

<POINT4.ご質問の場合>

 以上のように、特に賃金が大幅に減額される場合は、各要素について厳正にチェックされています。

 

 配置転換にともなう職務等級の降格が恣意的なものでなく、制度の運用上やむを得ないものであって、賃金の減額の程度も少ないような場合には、あまり問題にはならないと考えられますが、賃金を必要以上に減額しているとみられるような場合には、配置転換命令・賃金減額いずれも無効となる可能性が高いと考えられます。

※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております※

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≪参考となる判例≫

□東亜ペイント事件[最判S61.7.14]

□上州屋事件[東京地判H11.10.29]

□日本ガイダント事件[仙台地決H14.11.14]

□日本ドナルドソン事件[東京地八王子支判H15.10.30]

□マッキャンエリクソン事件[東京高判H19.2.22]

□コナミデジタルエンタテイメント事件[東京高判H23.12.27]

□L産業事件[東京地判H27.10.30]