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■職種変更を伴う配転は有効か

 当社は、昨年、職種限定で技術者を募集し、3名を中途採用した。

 

 しかし、1年間仕事をさせてみた結果、その中の1名の能力や成果が期待したほどあがっていないことがわかった。

 

 そこで、当人に他職種への配転を勧めたが、なかなか同意してもらえないので、就業規則の「業務の都合その他必要があるときは職種を変更することがある」という規定を根拠に、配転を命じようと考えているが、問題があるか?

 一般に、職種限定をしたうえで労働契約を結んだ労働者を、配置転換により職種を変える場合には、労働契約の変更にあたることから、当該労働者の合意が得られなければできない、と考えます(労働契約の変更について労働者の合意が必要であることは、平成19年に制定された「労働契約法」 にも規定されています)。

<POINT1.職種限定の労働契約>

 

  労働者が使用者の下でどのような仕事を行うかは、使用者と労働者が合意して結ぶ労働契約の内容によって決まります。すなわち、職場・勤務地や職種を具体的に特定して労働契約を結ぶか、特定しないで結ぶかによって、 その後の配置転換や転勤等の場合の取扱いが異なることとなります。

 

 一般に、労働契約が結ばれることによって、その労働者の労働力をどのように活用するかは会社の裁量に属し、それぞれの労働者の合意を得ないでも、就業規則上の配転規定を基に配置転換を行うことができるものと解されています(しかし、いかなる配置転換も許されるというわけではなく、一定の合理的な制限が加えられる場合があります)。

 

 したがって、会社にとっては、労働力の適正配置・業務の能率増進・労働者の能力開発・勤労意欲の高揚・業務運営の円滑化等々会社の合理的な運営の観点から、可能なかぎり幅広い裁量を持っていた方が良いと考えます。つまり、 職種限定をしないで労働契約を結んでおいた方が裁量の余地が広いこととなります(一方で、労働契約を解除したくとも、配置転換を検討しなければならない余地も生じます)。

 

 しかしながら、会社運営には専門的知識や技術を持った専門職種が欠かせない分野が存在し、専門的知識や技術を持った労働者からすれば、職種をこえた配置転換の可能性を前提とした労働契約ではみずからの知識や技能を活かせかねないおそれがある場合には、応募しないか、応募しても労働契約の成立に至らないことが考えられます。こうしたことから、会社は、一般的には、職種限定をしない多くの労働契約と一部の職種限定をした労働契約を結ぶこととなります。

 

 前述のとおり、多くの場合、職場や勤務地、職種を限定しないで労働契約を結ぶことが多い印象ですが、その場合には、将来にわたってどこの職場でどのような仕事に就くかは、「会社に一任するという暗黙の合意」が当事者間に成立しているものとみなされます。したがって、会社は、就業規則上の配置転換規定に基づき、基本的には自由に配置転換を行うことができると考えられております。

 

 一方、職場や勤務地、職種を限定して労働契約を結んだ場合には、労働契約は双方の合意のうえでの約束事ですから、約束した職種を変更する場合には、改めて約束事の相手方である労働者の同意を得なければなりません。当事者の合意が成立して始めて労働契約の内容が変更され、職種を変更する配置転換が可能となります(なお、労働契約の内容の変更について労働者の合意が必要であることは、労働契約法においても、「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。」との規定(労働契約法8条)が規定されています)。

 

 また、例えば看護師やクレーン運転手等特別の資格や特殊技能が必要な職種である場合には、労働契約を結ぶ際に明確な職種限定が行われなくても、通常、特殊な資格や技能が賃金と密接な関連を持っていることから、その仕事の種類や内容がそのまま労働契約の内容になっているとみなされる場合もあり、このような場合も、職種限定した労働契約と同様、職種を変更する配置転換には、当該労働者との合意が必要と考えます。

 

 ご相談の場合については、職種限定で採用したということなので、技術者の職種は判りませんが、例えば職種をコンピューターのプログラマーとして採用した場合には、会社は、一方的にほかの職種に配置転換することはできず、ほかの職種に配置転換しようとする場合には、本人の同意を得る必要があると考えます。

<POINT2.就業規則の配置転換規定との関係>

 会社の法律と言われる就業規則には「業務の都合その他必要があるときは職種を変更することがある」との規定があるのに、これを根拠に何故配置転換をすることができないかというご疑問があるのではないか、と思います。

 

 これには次の二つの考え方があります。

  1. 就業規則は適用されるが、配置転換条項は一般原則を定めたものであって、職種限定での労働契約を結んだものについては効力を有しないとする考え方。
  2. その職務の特殊性から、配置転換条項の適用が厳しく制限されるとの考え方。

 前者の考え方に立つ判例として、「被告は前示のごとく看護婦の資格を有する原告を看護婦として雇用し看護婦職に就かしめてきたのであるから、これを看護婦以外の労務職に配置転換することは、労働契約を変更するものであって、原告の同意なくして一方的命令によってこれを行い得ないものというべきである」(東北公済病院事件[仙台地判S48.5.21])というもの、後者の立場に立つ判例としては、「看護婦業務に従事することを内容とする労働契約が結ばれていたとしても、本人の同意のないかぎり看護婦業務と異なる労務に一切配置換えすることが許されないとまでいうことはできない。しかし、国家試験を経て一定の資格を有するものとして雇用した者を、その資格を必要としない職務に従事することは通常行われないことであり、ことに看護婦は特殊の技能と経験を必要とする伝統的職業であって、意志に反して制服をぬがされほかの労務に換えられることはよほどのことがないかぎり耐えられないことであろうから、看護婦としての誇りを犠牲にしてもやむをえないと考えられる程度の業務上の必要ないしは合理的理由があるときにかぎり例外的に事務職に配置換えを命じることができると解すべきである」(倉敷中央病院事件[岡山地判S43.3.27])というものがあります。

<POINT3.職種限定契約をめぐる判例>

 前項で職種限定の労働契約をめぐる2つの裁判例を紹介しておりますが、そのほかの裁判例の状況も確認します。

 

 判例は、基本的には、明確に職種限定の特約で労働契約が結ばれている場合に、そのほかの職種に配置転換するときには労働者の同意が必要であり、原則としてほかの職種への配転はできないとしていますが、多くの事件はそのような特約が明確でないまま採用され、その有無が争われたもので、特約の有無についての事実認定がポイントとなっています。

 

 例えば、日産自動車村山工場事件で最高裁は、もともと機械工として採用され、その後10数年から20数年にわたって機械工として就労してきた労働者らに対して発した組立作業等への配転命令について、「上告人らを機械工以外の職種に一切就かせないという趣旨の職種限定の合意が明示又は黙示に成立したとまでは認めることができず、上告人らについても、業務運営上必要がある場合には、その必要に応じ、 個別的同意なしに職種の変更を命令する権限が上告人に留保されていたというべきである」とした原審の判断を支持しています(日産自動車村山工場事件[最判H1.12.7]。なお、九州朝日放送事件[最判H10.9.10]参照)。

 

 また、最高裁は、直源会相模原南病院事件では、「求人情報誌に記載する募集の職種の表示は、あくまでも採用時における担当業務の内容を示したにすぎず、また、Xらの採用の際の事情を考慮しても、なお、XとYの間の労働契約がXらの職種がその主張のように医療事務職員ないし薬局助手と限定されていたとは、たやすく認めがたい」としつつ、就業規則の配転規定について、「一般職員については、同じ業務の系統内(事務職系内、労務職系内)での異なる職種間の異動(例えば薬局助手から医療事務職、調理員から看護助手)についての規定であり、業務の系統を異にする職種への異動、特に事務職系の職種から労務職系の職種への異動については、業務上の特段の必要性及び当該従業員を異動させるべき特段の合理性があり、かつ、これらの点についての十分な説明がなされた場合か、あるいは本人が特に同意した場合を除き、Yが一方的に異動を命ずることはできないものと解するのが相当」と判示し、 職種の限定の特約もなく、また就業規則等に配転規定や職務内容の変更規定があっても、自由に職種の転換ができるわけではないとしています(直源会相模原南病院事件[最判H11.6.11])。

 

 これらからいえるのは、職種限定の特約が必ずしも明確でない場合においては、その有無について、採用時の説明内容等の契約締結時の事情、職種・業務の内容と専門性、企業等の長年の定期慣行なり取扱いなどが総合勘案されて結論が出されているといえます。下級審の判決をみても、基本的には、最高裁の判断枠組みと同様の考え方の上に立って判断しているようです

 

<職種の専門性から職種限定が認められたもの>

  1. 中部日本放送事件[名古屋高判S49.9.18]
  2. 日本テレビ放送網事件[東京地決S51.7.23]
  3. ヤマトセキュリテ事件[大阪地決H9.6.10]
  4. 安藤運輸事件[名古屋高判R3.1.20]

                             など

 

<職種の専門性から職種限定が認められなかったもの>

  1. 東京サレジオ学園事件[東京高判H15.9.24]
  2. エルメスジャポン事件[東京地判H22.2.8]

                             など

<POINT4.今後の対応策>

 当該労働者の同意が得られないかぎり配置転換できないとすれば、会社は能力や成果が期待したほど向上しない当該労働者を今後とも当該職種で雇い続けなければならないのかとの問題がおきてきます。

 

 結論からいえば、会社として相応の努力をした後に、本人の能力や成果が会社が期待するレベルに到達あるいは改善されずかつ職種変更をともなう配置転換に同意が得られない場合には、遺憾ながら労働契約を解除する、すなわち解雇する以外には方法はないこととなります。

 

 なお、ここで会社としての相応の努力と書いたのは、これを行わないまま解雇した場合、解雇権の濫用との誹りを招きかねない場合もあるからです。

 

 解雇の場合、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と労働契約法第16条に規定されていますので、次に示す対応策とも関係してくると考えられますが、この規定に留意しておく必要があります。

 

 しかし、解雇はあくまで最終的な手段であり、それまでの間に労務管理上の相応の努力をすべきものと考えられます。職種限定で募集した以上、職種限定をしないで募集した者より一定以上の能力を持っているものと理解されがちですが、必ずしも、すべての者が期待どおりあるいは期待以上の能力を発揮するものでないのが実情と考えられます。また、えてして期待する能力と成果のレベルが高すぎることもあります。一般職に対するものほどではないにしても、一定の教育訓練・指導が必要な場合もあるのに、職種限定であたることから一定のレベル以上の能力を持っているはずとしてこれを怠っている場合も考えられます。

 

 そこで、例えば、次のような手順で、今後の対応策を検討してみてはいかがでしょう。

(1)原因分析

 なぜ、期待する能力が発揮されず成果があがらないのか→基礎的素質・意欲等本人に問題があるのか、当初の要求レベルが高い・教育訓練指導のあり方等会社に問題があるのか、あるいはその複合なのか。

(2)対応方向の設定

 原因分析の結果、「本人には、一定レベルの素質と意欲がある」こととなれば、次のような対応方向の設定を行う。

  1.  要求レベルを段階的に設定し、教育訓練指導を行う。
  2.  一定期間後、 成果があがらない場合には、職種変更をともなう配置転換を行う。

(3)具体的対応進

 本人の能力育成や適性開発、成果達成意欲への働きかけを行うことを目的として以下の対応を行う。

  1.  原因分析の結果について、本人と上司の間で相互に確認し、本人に対し、教育訓練の内容や1年後の能力発揮や成果等の期待値を明らかにしておく。
  2.  評価は、6か月後、1年後に行い、1年後に期待値に程遠く将来における当該職種での成長可能性が見込まれない場合には、他の部門への配置転換があり得ることを内示しておく。
  3.  評価は自己申告に基づき行い、到達点や期待値とのギャップについまして、両者の間で面談により行い、現状分析や将来像の設計を行う。

 以上の対応は、育成的視点を持って、本人の能力を有効に発揮させるために行う弾力的な対応の例を示したものです。一定期間を示して、当該期間内における本人の能力開発と成果に対する評価を自己申告と上司の面談によって行うことをとおして、期待した成果があがらない場合には、職種変更をともなう配置転換を円滑に行うための方策と考えられます。

※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております※

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≪参考となる法令・通達など≫

□労基法15条1項

□労基則5条1項

□労働契約法8条、16条

 

 

≪参考となる判例≫

□倉敷中央病院事件[岡山地判S43.3.27]

□東北公済病院事件[仙台地判S48.5.21]

□中部日本放送事件[名古屋高判S49.9.18]

□日本テレビ放送網事件[東京地決S51.7.23]

□日産自動車村山工場事件[最判H1.12.7]

□ヤマトセキリュティ事件[大阪地決H9.6.10]

□九州朝日放送事件[最判H10.9.10]

□直源会相模原南病院事件[最判H11.6.11]

□東京サレジオ学園事件[東京高判H15.9.24]

□エルメスジャポン事件[東京地判H22.2.8]

□安藤運輸事件[名古屋高判R3.1.20]