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■無給の申出に応じることは問題あるか

 会社の経営状況を心配する従業員から、少しでも会社の助けになればと、賃金の支払いを辞退する申出があった。大変ありがたいが、この申出を受けることで、何か法律上の問題はあるのか。

 まず、労働基準法第13条にて、「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となった部分は、この法律で定める基準による。」と規定されております。

 

 賃金全額を所定支払期日に支払わない約束(契約の締結)は、労働基準法第13条により無効となり、現に所定支払期日に賃金を支払わなかった場合は、労働基準法第24条違反となります。

 

 なお、本人の自由意思による同意の上、賃金額そのものを減額改定する内容の労働契約を締結し、その改定後の賃金額を支払う場合については、労働基準法では賃金支払いに関する原則を規定していても賃金額そのものは規定していないので、労働基準法違反とはならないと考えますが、最低賃金法第4条第2項では「最低賃金額に達しない賃金を定める労働契約は、その部分については無効とする」としているので、賃金額そのものを減額改定するとしても、最低賃金額を下回る賃金額にすることはできず、最低賃金額以上の賃金支払いが必要となります。

<POINT1.強行規定>

 労働基準法第24条は賃金支払いに関して、

①通貨払いの原則

②直接払いの原則

③全額払いの原則

④毎月払いの原則

⑤一定期日払いの原則

を規定しています。

 

 また、労働基準法第13条は「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となった部分は、この法律で定める基準による。」 と規定しています。

 

 今回のご相談のケースは、労働者と使用者との間で「賃金全額を所定支払期日に支払わない」という労働条件を定めた労働契約に内容変更したことになるものと考えられ、労働基準法第24条に抵触する労働契約になると考えます。したがって、「賃金全額を所定支払期日に支払わない」という労働条件を約束しても、労働基準法第13条により無効となります。

 

 なお、労働者と使用者が約束したこととはいえ、現に賃金全額を所定支払期日に支払わなかった場合、刑事的には労働基準法第24条違反となります。

 

 ご相談に似たケースの判例では「たとえ各労働者が賃金の不払を承諾していたとしても、労働基準法第24条第1項但書及び第2項但書の場合の外所定中の支払方法を変更することは許されないものと解するを相当」とし、「たとえ労使間にこの点に関する示談が成立しても事情に変化ない」としており、また、「会社が労働者との間において、生活の根拠である賃金の支払を予め無期限に延期するが如き契約をしても何等効力が無い」としております(扶桑商運事件[大阪高判S25.11.4]、野田木蝋化学工業事件[福岡高判S30.5.19])。

 

 

<POINT2.退職金についての裁判例>

 退職金債権と使用者の損害賠償債権との相殺の合意がなされたことに関しては、「全領払の趣旨とするところは、使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し、もって労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者の経済生活をおびやかすことのないようにしてその保護をはかろうとするものというべきであるから、労働者が退職に際し、自らの自由な意思に基づき退職金債権を放棄する旨の意思表示をした場合に、全額払の原則がその意思表示の効力を否定する趣旨のものであるとまで解することはできない」とし、労働者の自由な意思に基づくものであることが明確な場合、その意思表示の効力を肯定する裁判例があります(シンガー・ソーイング・メシーン・カンパニー事件[最判S48.1.19])。

 

 しかし、同じ事件の高裁判決では、「在職中の相殺契約は事実上労働者の自由意思が抑圧されて結ばれる可能性が強いから、労働者保護のために効力を否定しなければならないであろう。しかし、労働者が従業員たる地位を失った後またはその地位を離脱するに際し、使用者との間に賃金による相殺の合意をする場合には、その合意が抑圧された意思によるということは考えられないから、その効力を是認するにはなんらの支障もないものといわなければならない」と判示しております(同事件[東京高判S44.8.21])。この裁判例では、労働者たる地位を失った後に支払われるものである退職金に関しては労働者の自由意思で賃金債権を放棄することは問題ないが、在籍中の労働者に対して毎月支払われる賃金についてまで同様に考えるのは適当でないとしているのです。

 

 したがって、今回のご相談のケースについては、本人の申出があっても、賃金は全額支払う必要があるということになります。

 

 

<POINT3.賃金額の引下げと最低賃金>

 賃金を全額支払わない約束は、上述のとおり無効なものですが、『「賃金の一部」を所定支払期日に支払わないという場合』を考えてみます。そのような約束も、字のごとく、労働基準法第24条に定める「全額払いの原則」に抵触することになりますので、基本的には労働基準法第13条により無効となります。

 

 では、各労働者と使用者との間で「従来の賃金額を引き下げて、新たに取り決めた賃金額を支払う」という内容の労働条件で労働契約を変更したと判断される場合について考えてみます。

 

 すでに賃金締切日を経過していて所定支払日を待つだけといった場合は、既に働いた部分についてまで賃金額を変更することは許されないと考えられますが、未だ働いていない部分、つまり今後についてはその労働条件が各労働者と使用者との間で合意して取り決めたもので、かつ、労働基準法に違反しない内容である以上、そこで定めた労働契約は有効と考えられます。

 

 しかし、そのような場合であっても、最低賃金法第4条第2項は、「最低賃金額に達しない賃金を定める労働契約は、その部分については無効とし、この場合において、無効となった部分は、最低賃金と同様の定めをしたものとみなす」ことを規定しておりますので、そのような契約内容であっても、法律上、最低賃金額と同じ賃金額で契約したこととなり、最低賃金額を下回ることはできません。

 

 

<POINT4.その他>

 以上は、労働基準法または最低賃金法が強行法規であるとともに、これらの法律が自由主義経済のもとでの企業間の公正な競争を図ることを趣旨としているからで、賃金は、経営コストとしてすべての事業者が一定のルールのもとに負担し、その中で企業は競争して存立すべきとの考えがあるためです。

 

 労使の一体感から、ご相談のような申出がされたことと考えられますが、気持ちだけいただき、そのような良い人材に恵まれた会社であればよりよい解決策を見つけることができるのではないかと考えます。

 

 時折耳にしますのは、賃金はいったん全額支払い、その全部または一部を労働者が会社に貸し付けるようなこともあるようです(私は勧めません)。そのような場合であって、資金の預け入れを受け、それに利息を付けて返済するといった場合には、いわゆる貸金業に当たる場合は出資法違反に該当するのではないかと考えます。

※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております。

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≪参考となる法令・通達など≫

□労働基準法13条、24条

□最低賃金法4条

□扶桑商運事件[大阪高判S25.11.4]

□野田木蝋化学工業事件[福岡高判S30.5.19]