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■社内留学制度により会社が支払った学費の返還

 当社では、デザイン部門に在籍する社内デザイナーを対象として海外有名デザイン学校への留学制度を設けている。

 留学に要する費用は、学費を含むすべて会社が負担しているが、このたび、2年間の留学を受けたJが、ライバル社のチーフデザイナーとしてヘッドハンティングされてしまった。

 留学終了から半年も経っていないのに、今、会社を辞められては、2年間の留学費用が会社にとって無駄になってしまう。

 せめて、学費だけでもAに返還してもらおうと考えているが、問題ないか?

 会社が、人材育成のため、労働者を海外の企業、専門学校、大学等へ研修・留学させる場合に、留学費用について、労働者が留学を終了し帰国後一定期間会社において就労した場合には返還を免除するが、そうでない場合は返還するという約定(合意)を設けている例があります。このような場合、労働基準法第16条の「賠償予定の禁止」に抵触し、返還請求が無効とされた裁判例もあります

 設定されている研修留学が、後々課題を残さないか裁判例を参考として十分検討される必要があると考えます。

<POINT1.賠償予定の禁止(違約金請求の制限)>

 労働基準法第16条(賠償予定の禁止)では、契約の不履行について違約金を定めたり、損害賠償を予定する契約を結ぶことを禁じています。その趣旨は、「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定めたり、未だ実際上の損害を与えた事実がないにもかかわらず、与えることがあるであろう場合を予想して、あらかじめその賠償額を定めるなどの契約を禁止するもの」です。

 これは、現実的な話として、労働者が、契約期間中に転職したり退職したりすることを防ぐために、『一定期間勤務しないという契約不履行の場合には一定額の違約金を支払うこと』を約束させたということがありました。こうしたことは労働者の自由意思を束縛するおそれや強制労働の危険性が予想されることから、法で禁じたものです。

 例えば、会社が負担した海外留学費用について労働者が退社する場合に返還を求めるとする合意が労働基準法第16条違反となるかについて、「それが労働契約の不履行に関する違約金ないし損害賠償額の予定であるのか、それとも費用の負担が会社から労働者に対する貸付であり、本来労働契約とは独立して返済すべきもので、一定期間労働した場合に返還義務を免除する特約を付したものかの問題である」とした裁判例(留学費用返還請求事件[東京地判H14.4.16])があり、研修の形態や合意の内容によって、法違反か否かの判断が異なるものである、としています。

 

 

<POINT2.研修の形態と費用返還の可否>

 近年、新規採用従業員や、一定の勤続年数を経た労働者に対して、会社が研修・留学の費用を負担して海外の教育機関や企業等での研修制度を行っている例が見受けられます。

 こうした研修・留学には大きく区分して二つの形態があるようです。一つ目は、業務的な派遣・出向型、二つ目は、労働者個人の自己啓発・能力開発型です。

 まず、業務的派遣・出向型は、海外の派遣先・出向先の企業において、実務経験を通じて研修するもので、他の自己啓発・能力開発型は、特別の研修機関で特別な研修を受けるものです。いずれの場合も、目的は研修ですが、海外での研修・留学には渡航費、研修実費、生活費等多額の費用が必要であることから、会社がその費用を負担しているのが現状です。そのため、会社が費用を負担するにあたって、労働者との間で一定の約束事を設けています。例えば、「研修・留学終了後、一定期間就労すれば会社が負担した費用の返還を免除するが、期間内に退職した場合には返還を義務づける」という約束です。

 研修・留学の形態と、会社負担の必要返還請求については、特に労働基準法第16条との観点から、事案により法違反となるか否かが異なってきますが、近年、この種の事案に係る判決が相次いで登場しています

 まず、業務的派遣・出向型について、「本件研修は、原告(会社)の関連企業において業務に従事することにより、原告の業務遂行に役立つ語学力や海外での業務遂行能力を向上させるというものであって、その実態は社員教育の一態様であるともいえるうえ、被告(労働者)の派遣先は関連企業の本社とされ、研修期間中に原告の業務にも従事していたのであるから、その派遣費用は本来原告が負担すべきものであり、被告に負担の義務はないというべきである。右合意の実質は、労働者が約定期間前に退職した場合の違約金の定めに当たり、労基法16条に違反し無効である」(研修費用返還請求事件[東京地判H10.3.17])と、会社の返還請求は法違反であると判断しています。

 次に、自己啓発・能力開発型について、「本件留学制度は原告の人材育成施策の一つではあるが、その目的は大所高所から人材を育成しようというものであって、留学生への応募は社員の自由意思によるもので業務命令に基づくをものではなく、留学先大学院や学部の選択も本人の自由意思に任せられており、留学経験や留学先大学院での学位取得は、留学社員の担当業務に直接役せ立つというわけではない。一方、被告ら留学社員にとっては原告会社で勤務を継続するか否かにかかわらず、有益な経験、資格となる。 従って、本件留学制度による留学を業務と見ることはできず、その留学費用を原告が負担するか被告が負担するかについては、労働契約とは別に、当事者の契約によって定めることができる」(賃金請求事件[東京地判H9.5.26])として、原告会社の費用の返還請求を認めています。

 両者の違いは、その研修が会社の業務の一環として行われたのか、または会社の業務とは別個に、労働者個人の自由意思によって行われたのか、という点にあります。

 

 

<結論>

 貴社が行っている海外有名デザイン学校への留学制度について、上記のどの形態に該当するかにより、その返還請求が労働基準法の趣旨からどのように評価されるか、です。「自己啓発・能力開発型」である場合には、判例にありますように学費の返還請求は認あられることになります。

 ここで、研修のあり方や、海外研修・留学費用の支援制度について課題を残さないように、就業規則や「研修規程」のようなものを整備されてはいかがかと考えます。

※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております。

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≪参考となる法令·通達など≫

□労働基準法16条

 

≪参考となる判例≫

□賃金請求事件[東京地判H9.5.26]

□研修費用返還請求事件]東京地判H10.3.17]

□留学費用返還請求事件[東京地判H14.4.16]