<Q>
A社は、我が社と業務請負契約を締結しており、A社の従業員Jは、我が社で勤務していたところ、A社が解散し、未払いの賃金が残ったまま、JはA社から解雇通告を受けた。
しかし、Jは、作業の指揮を我が社から受け、Jの出退勤の管理、労働条件の決定も我が社において行っていた。
この場合に、Jと我が社との間に労働契約が成立しているとして、Jから我が社に賃金の支払いを求められるのだろうか。
<A>
一般的には、賃金の支払い義務は、従業員を雇い入れた会社、即ち、従業員が労働契約を締結した相手方である会社にあるのが通常。
したがって、原則的には、ご質問のように、貴社とA社との間の業務請負契約に基づき、A社の従業員Jが、貴社で勤務をしていたからといって賃金支払義務が貴社に生ずるということにはならない。
しかしながら、貴社とA社との関係が業務請負契約になっている場合においても、形式的には、A社がJを雇い入れた会社であり、ご質問のように作業指揮や出退勤の管理、労働条件の決定等の日頃の就労実態等から判断した場合に、貴社とA社との関係が業務請負関係とはみなされず、Jは貴社の従業員であると認められる場合も考えられる。
したがって、本件については、就労実能等をもっと具体的に調べてみないと判断はできないが、場合によっては、Jと貴社間には黙示の労働契約関係が成立し、Jの貴社に対する賃金の支払請求権が認められる可能性もあると考えられる。
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<POINT1.賃金の支払義務>
当然のことながら、会社は、自らが雇い入れた者に対しては、その働きに応じて契約した労働条件に基づき賃金を支払う義務があります。
この賃金支払義務は、従業員が自らの会社以外の場所において就労している場合においても、それが会社の業務命令で行われている限り同様であり、また、労働者派遣法に基づく派遣も同様。
例外としては、従業員を在籍出向させ、出向先との契約でその従業員に対する賃金は出向先が支払うという契約をした場合においては、その限りにおいて賃金の支払義務を負わないこととなります。
したがって、本件質問のように在籍出向でなく、業務請負契約によって貴社においてA社の従業員Jが働いている場合には、通常はA社が賃金の支払義務を負うこととなります。
<POINT2.業務請負の要件>
しかしながら、形式的には業務請負契約が締結されていても、その実態から判断してそれが業務請負とはみなされない場合があります。この点については、労働者派遣との関係でよく問題となります。業務請負も労働者派遣も自らの雇用する従業員を、契約相手先から処理を依頼された業務のために就労させるという点では同じです。
しかし、労働者派遣は、契約相手先の直接の指揮命令を受けて、当該相手先のために自らの雇用する従業員を就労させるのに対し、業務請負と認められるためには、
- 自ら雇用する従業員に対する業務遂行方法や労働時間管理、規律維持などに関する指示については、契約相手先ではなく自らが直接に指揮命令を行うこと
- 請け負った業務を自己の業務として契約の相手先から独立して処理すること(具体的には、自ら資金の調達·支弁、関係法律の遵守についての責任を負い、かつ必要な機材・設備等を有し、自らの企画や専門的な技術経験等に基づき業務を遂行しており、単に肉体的な労働力の提供ではないこと)
が必要となります(昭和61年人労働省告示第37号「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準を定める告示」参照)。
このような観点から見ると、ご質問のケースは、従業員Jに対する作業の指揮や出退勤の管理、労働条件の決定を契約相手先の貴社が行っているということですから、業務請負とは認められない要素が強いように考えられます。このような場合には、その法律関係をどのように解釈すればよいかが問題となります。
<POINT3.労働者派遣に該当する場合>
一つの解釈としては、前述の労働者派遣関係にあると考えられる場合があります。労働者派遣を事業として行うには、各地の労働局等における所定の法的手続による許可または届出が必要であると同時に、その対象業務の範囲も法定されていますので、ご質問からはA社がこのような法定の要件を備えているかどうかはわかりません。
もし、法定の要件を満たしていない場合には労働者派遣法に違反する違法な労働者派遣関係にあるということになりますが、適法であると違法であるとにかかわらず、労働者派遣の関係にあると認められる場合には、従業員Jに対する賃金支払義務は原則どおりA社にあるということになるので、従業員Jは、貴社に対し賃金の支払いを請求する権利はないものと考えます。
<POINT4.黙示の労働契約の成否に関する裁判例>
もう一つの解釈としては、A社は従業員Jを貴社に雇用させていると同様の実態にあったとして、A社を労働者供給事業とみなし、貴社と従業員Jとの間に黙示の労働契約が成立しているという考え方をとることも可能な場合があります。
このような裁判例としては、平成9年のセンエイ事件(佐賀地武雄支決H9.3.28)があります。この事件では、ご質問のようなケースにおいて、「黙示の労働契約が成立するためには、社外労働者(質問のケースに当てはめると従業員J)が受入れ企業(質問のケースに当てはめると貴社)の事業場において同企業から作業上の指揮命令を受けて労務に従事するという使用従属関係を前提にして、実質的にみて、当該労働者に賃金を支払う者が受入れ企業であり、かつ、当該労働者の労務提供の相手方が受入れ企業であると評価することができることが必要である」との考え方を示した上で、具体的には、
- 請負代金が従業員の従事した時間に応じて算定されていたこと
- 採用面接について受入れ企業が関与していたこと
- 作業服等の貸与を受入れ企業が行い、使用する機械設備等は受入れ企業のものであり、必要な資材等も受入れ企業から提供されていたこと
- 作業指示、残業指示、労働時間管理を受入れ企業が行っていたこと
- 労働組合との団体交渉に受入れ企業が出席していること
・・・などの実態から、社外労働者と受入れ企業との間に黙示の労働契約関係が存在するとして、受入れ企業に対し社外労働者への賃金支払義務を認めています。
また、いわゆる「偽装請負」と呼ばれる事案で、黙示の労働契約の成立を認めた近年の裁判例のパナソニックプラズマディスプレイ(パスコ) 事件控訴審(大阪高判平20.4.25)では、Y社とA社間の業務委託契約は、A社の労働者XをY社のために労働に従事させる脱法的な労働者供給契約であり、職業安定法違反等により無効なものとした上で、
- A社の労働者Xは、Y社の労働者から直接作業指示を受けて共同で作業に従事しているなどから、XとY社との間には当初から事実上の使用従属関係があったこと、
- Xの賃金は、Y社がA社に業務委託料として支払った金員からA社の利益等を控除した額を基礎としたものであり、賃金額を実質的に決定する立場にあったのはY社であったといえること、
- 無効な業務委託契約にもかかわらず継続した①の実態関係を法的に根拠付けるのは黙示の労働契約のほかになく、その内容はA社・X間の契約の労働条件と同様であること、
と判示しています。
しかし、一方において、このプラズマディスプレイ事件の上告審(最判平21.12.18)では、主旨を要約すると、
- 請負人によるその労働者に対する指揮命令がなく、注文者がその場屋内において労働者に直接具体的な指揮命令をしているような場合は、たとえその間に請負契約という法形式がとられていたとしても請負契約と評価できないこと
- 注文者と労働者間に雇用契約が締結されていなければこの三者間の関係は労働者派遣法にいう労働者派遣に該当し、そうである以上は職安法にいう労働者供給に該当する余地はないこと
- 本件で、Xは請負人A社との雇用契約を前提に注文者(Y社)の労働者の指揮命令を受けて作業に従事していた派遣労働者の地位にあり、Y社は労働者派遣法に違反しているが、同法の趣旨・性質等をかんがみれば、仮に同法に違反する派遣が行われた場合においても、特段の事情がない限り、そのことだけで派遣労働者と派遣元間の雇用契約が無効になることはなく、本件事実関係の下ではX・A社間に契約が有効に存在していたと解すべきこと、
- 本件では、Y社は、A社によるXの採用への関与は認められないこと、Xの給与等をY社が事実上決定していたといえるような事情もうかがわれないこと、かえってA社はXへ他部門に移るよう打診するなど配置を含むXの就業態様を一定の限度で決定しうる地位にあったと認められること
とし、その他の事情を総合してもXとY社の間において雇用契約関係が黙示的に成立していたものとは評価することができない旨判示しています。
<結論として・・・>
ご質問のケースについては、もっと詳細な実態がわからないと判断しかねますし、また、労働者派遣法による派遣の場合は別異に解する場合もありますが、就労実態等によっては黙示の労働契約の成立が認められる場合(多くの裁判例を見ますと、使用従属関係の有無、業務内容、勤務実態、賃金、採用形態等を総合的に勘案して、その成否を判断しています。)もあり、そうすると、従業員JのA社に対する賃金支払請求が認められる可能性もあると考えられます。
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≪参考となる法令·通達など≫
□労働者派遣法2条、5条等
□昭61.4.17労告37
≪参考となる判例≫
□センエイ事件(佐賀地武雄支決H9.3.28)
□パナソニックプラズマディスプレイ事件控訴審(大阪高判H20.4.25)
□パナソニックプラズマディスプレイ事件上告審(最判H21.12.18)
※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております。