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■就業規則の変更による労働契約の不利益変更

<Q>

 労働契約法では、労働契約の変更は労働者の合意がなければならず、就業規則を使用者の都合で一方的に変更することは認められないとのことだが、どんな場合でも労働者の合意がなければ、就業規則による労働条件の変更は無理なのか。

<A>

 基本的に、労働者および使用者は、その合意によって労働条件を変更することができるとされている。

 また、使用者は、労働者と合意することなく、就業規則の一方的変更によって労働条件を不利益に変更することは原則的としてできない。

 

 但し、就業規則の変更による場合、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、変更によって労働者の受ける不利益の程度、変更の必要性、変更内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更にかかわる事情に照らして合理的なものであるときは、就業規則の変更による労働条件の不利益な変更も可能である。

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<POINT1.労働契約の内容の変更>

 労働者および使用者は、その合意により、その労働契約の内容である労働条件を変更することができます。

 

(労働契約の内容の変更)

第8条 労働者及び使用者は、その労働契約の内容である労働条件を変更することができる。

 

 契約は、合意により、締結することも、変更することも可能なことは、当然のことであり、当該第8条は確認的な規定といえます。なお、合意は、両者の自由な意思により、対等の立場で行われる必要があり、強制されるようなことがあってはなりません。

<POINT2.就業規則による労働契約の内容の変更>

 労働契約法第9条は、次のように規定しています。

 

(就業規則による労働契約の内容の変更)

第9条 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。 ただし、次条の場合は、この限りでない。

 

 就業規則は、その制定、変更にあたり、労働基準法に従い、過半数労働組合または過半数代表者の意見を聞く必要はありますが、使用者に制定権がありますから、変更権も同様に使用者にあることになります。

 

 しかし、一方、労働契約法第8条により、労働契約の内容の変更が合意に基づかなければならないことから、使用者の一方的な就業規則の変更によって労働契約の内容を労働者に不利益に変更することはできないということも原則的な考え方として規定する必要があり、第9条は、そのことを規定したものと考えます。

 

 しかしながら、同条は、「ただし、次条の場合は、この限りでない。」としていますから、次条の第10条に規定する要件に該当する場合は、就業規則の変更により、労働者に不利益な労働条件の変更も可能なケースがあるということになります。

<POINT3.就業規則の変更による労働契約の不利益変更が可能な条件>

 労働契約法第10条は、次のように規定しています。

 

第10条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。

 

 この第10条が、就業規則の変更により労働条件を労働者の不利益に変更できる要件として掲げるものは、次の①・②のとおりです。

 

①変更後の就業規則を労働者に周知させること

②就業規則の変更が次に掲げる事情に照らして合理的なものであること

  • 労働者の受ける不利益の程度
  • 労働条件の変更の必要性
  • 変更後の就業規則の内容の相当性
  • 労働組合等との交渉の状況
  • その他の就業規則の変更に係る事情

 それでは、これらの要件の具体的内容について、これまで示された判例を交えて触れると、次のとおりです。

 

(1)変更後の就業規則を労働者に周知させること

 「周知」とは、例えば、

①常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、または備え付けること

②書面を労働者に交付すること

③磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること

等の方法により、労働者が知ろうと思えばいつでも就業規則の存在や内容を知り得るようにしておくことをいいます。

 

(2)就業規則の変更が労働者の受ける不利益の程度等一定の事情に照らして合理的なものであること

 第10条に掲げられた要件は、判例法理に沿ったものですので、例えば、最高裁の第四銀行事件判決において示されたものを見ますと、

  • 就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度
  • 使用者側の変更の必要性の内容・程度
  • 変更後の就業規則の内容自体の相当性
  • 代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況
  • 労働組合等との交渉の経緯
  • 他の労働組合または他の従業員の対応
  • 同種事項に関するわが国社会における一般的状況

が、合理性判断の考慮要素とされています。

 

 第10条は、これら要素の全部を列挙してはいませんが、「その他の就業規則の変更に係る事情」で括っており、労働契約法に関する厚生労働省通達も、「第10条の規定は、判例列法理に沿った内容であり、判例法理に変更を加えるものではないこと。」といっています。

 

 なお、これらのうち、「労働者の受ける不利益の程度」 がどの程度であれば、例えば、賃金の引下げを行う場合に、10%引下げはどうか、20%引下げはどうかといった問題になりますが、一概にはいえません。

 

 また、「変更の必要性」がどの程度のものであるか、極めて切迫した状態にあるか否かといった状況によっても変わってくることになりますから、結局は総合的に判断されることになります。

 

 これまでに、就業規則の不利益変更に関しては、最高裁判例を含め多くの判決が出されていますので、それらの内容が参考となります。

 

 代表的な裁判例を紹介しておきましょう。

  • 新たに設けた定年制に基づく解雇が有効とされた例…秋北バス事件(最大判S43.12.25)
  • 退職金規定の不利益変更がその必要性、代償措置の存在等を理由に有効とされた例…大曲市農協事件(最判S63.2.16)
  • 定年延長に伴う賃金の減額が有効とされた例…第四銀行事件(最判H9.2.28)
  • 55歳以上の行員の賃金を低下させる就業規則変更は合理性を有しないとされた例…みちのく銀行事件(最判H12.9.7)
  • 週休2日制の実施に伴い平日の所定労働時間を10~60分延長する就業規則の不利益変更が有効とされた例…北都銀行事件(最判H12.9.12)
  • 年功型賃金から能力主義・成果主義型賃金への改定は合理性があるとされた例…ハクスティック事件(大阪高判H13.8.30)

 

(3)個別合意による例外

 しかしながら、この第10条の「ただし書」にあるとおり、労働者および使用者が、就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、その合意の内容が就業規則で定める基準に達しない場合を除き、その合意のほ

うが優先し、変更後の就業規則は適

用されません。

≪参考となる法令·通達など≫

□労働契約法8条~10条

□平24.8.10基発0810第2

 

≪参考となる判例≫

□秋北バス事件(最大判S43.12.25)

□大曲市農協事件(最判S63.2.16)

□第四銀行事件(最判H9.2.28)

□みちのく銀行事件(最判H12.9.7)

□北都銀行事件(最判H12.9.12)

□ハクスティック事件(大阪高判H13.8.30)

 

※文書作成日時点での法令に基づく内容となっております。