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■身元保証人が損害賠償責任を負う範囲

<Q>

 当社の前の経理課長が、帳簿の操作をして会社の売上金を800万円も着服し、ギャンブルに使い込んでいたことが発覚した。

 当然この従業員は懲戒解雇としましたが、使い込んだ800万円については支払能力がないという。

 そこで、この従業員の身元保証人に損害分を賠償請求したいと思うが、全額請求できるのか。

<A>

 不正経理を行ってギャンブルに大金を注ぎ込んだのが経理課長だったというのでは、会社の信用問題でもあり、従業員の土気にも影響するでしょうから、会社の損害は数字では表わせないほど大きなものと考えます。

 会社としては、最大限賠償を求めたいのでしょうが、それをすべて保証人に求めることは無理と考えます。

 損害賠償は、損害を発生させた本人が行うのが原則ですが、本人が実行できない場合に本人に代わって賠償すべき保証人の義務も、まずは保証契約の内容・性格によって変わってきます。

 身元保証契約の内容として、賠償額の限度(極度額)あるいは賠償を行う事項の限定などがあればこれによります。

 しかし、こうした規定がなくても、ともすれば過大な責任を負わされがちな保証人を保護するためにもうけられた「身元保証ニ関スル法律」(以下「身元保証法」といいます。)においても、裁判所が保証人の責任を判断するときは一切の事情を考慮するとされていることなどから、一般的には損害額全額を賠償させることはできないでしょう。

 なお、令和2年4月1日から施行されています改正民法の第465条の2において、保証の極度額を定めていない保証契約は効力を生じないとされていますので、注意を要します。

 

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<POINT1.身元保証の範囲>

 一般的に身元保証契約は、採用時の条件として会社から提示される定型的な契約内容のものを従業員(保証人)側が一方的に受け入れざるを得ないものであり、ともすれば保証人に不利になりがちであり、こうした保証人の不利益を防ぐために身元保証法が定められています。

 

 この法律では、保証人の責任を判断する場合は、使用者の監督状況、保証人が保証をするようになった事由、従業員の職務や身上の変化など一切の事情を考慮するように定められています

 

 保証人の責任が軽くなるような場合の例をあげれば次のようなものがあります。

  1.  ご質問の場合では、まず、この経理課長が不正経理を行うことを予防するために会社が行った監督、帳簿検査などの回数、実施方法の的確性、また、事務処理体制の相互牽制システムの確立等の使用者の監督方法やその実施状況が適正でなければ、保証人の責任は軽くなると考えられます。
  2.  次に、例えば、保証人がこの経理課長とは子供同士が同級生であるだけの単なる近所の顔見知り程度なのだが、子供たちのサッカーの試合の帰りに頼まれ深く考えずに保証してしまったなどというように、保証の際に注意深く対処しなかった場合には、保証人の責任は軽くなると考えられます。
  3.  また、従業員が配置換えになったことを保証人に通知していなかったので、保証人がその監督ができなくなっていたというようなこと、あるいはギャンブル狂いが会社内でも問題となっていたのに保証人に通知しなかったというようなことがあれば保証人の責任は軽くなると考えられます。
  4.  例えば、この経理課長の姪の配偶者であり、義理の伯父に頼まれて保証人になったが、年齢や立場からいっても本人の勤務については指導監督できる状況にはなかったというような場合も、保証人の責任は軽くなると考えられます。

<POINT2.賠償額の程度>

 賠償額については、裁判所がそれを判断する場合も一切の事情を考慮することとされているので、先に述べたような事情の程度に応じた賠償額となると考えます。なんらかの事情があって保証人になっているのでしょうから、考慮すべきことは必ずあるでしょうし、保証人が賠償しなければならない額は、損害額の全額にならないことが一般的と考えます。

 

 なお、その事情の程度が、どのようにして算定されるのかについては、数学の公式のような明確なものはありません。これまでの裁判例をみても、命じられた賠償額は実際の被害額(賠償請求額)の何分の1程度のようです。

 

 もちろん、損害賠償の請求ですから最初から損害額を下回る額を請求しなければならないものではなく、そのように請求しても保証人にその支払義務があるかないかという問題なので、裁判で争う前に会社側は保証人と十分に話し合い、双方が納得できる合理的な賠償額で合意するのがよいのではないかと考えます。

 

<POINT3.極度額についての民法の関係規定>

 身元保証契約に基づく実際の賠償額に関しての裁判所などの考え方は、前掲項目「賠償額の程度」に記載したとおりですが、平成29年に改正され、令和2年4月1日から施行されている民法第465条の2において、身元保証契約がそもそも効力を有するための要件としての極度額(契約において規定する賠償の限度額)の定めについて規定されています。

 

 同条においては、従業員の帰責事由に基づき同人に生じた損害賠償債務を保証する内容の契約の保証人は、その債務について約定された極度額を限度としてその履行責任を負うとされ、契約締結の時点で、確定的な金額により保障の極度額を契約書中に定め(書面または電磁的記録によること)なければ、その契約の効力を生じない(無効)旨規定されています。

 

 この民法の規定は、同規定の施行日である前記令和2年4月1日以降に入社する従業員に関する身元保証契約の締結から適用されます(この改正民法の施行前に締結された身元保証契約については、身元保証法により最長5年の期間が終了した後はこの民法の規定が適用されます。)が、その場合、この極度額を定めていない身元保証契約は効力を生じないので、注意が必要です。

 

 ただ、極度額をいくらにするかについては民法では何ら規定されていませんが、会社としては、何らの根拠なく多額の極度額を設定するのではなく、従業員の何らかの行動によって生じるかもしれない損害額を想定したり、前項において記述した内容などを参考にされながら身元保証人と十分に話し合い、社会的に見て合理的ないし相当と考えられる額を極度額に設定することが考えられるでしょう。

 

≪参考となる法令·通達など≫

□身元保証法

□民法465条の2

※文書作成日時点での法令に基づく内容となっております。