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■精神疾患を理由に採用内定を取り消すことができるか

 

<Q>

 当社の採用内定者が、精神疾患にかかっていることがわかった。採用試験を受けていた時期にはそのような様子はなく、内定後に発症したもよう。精神疾患を理由に採用内定を取り消すことはできるか。

 

<A>

 採用内定は、一般的なケースでは解約権留保付の労働契約とみられます。その場合、採用内定取消は解雇にあたることとなるので、それが有効と認められるためには、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められることが必要となります。

 具体的には、内定の取消事由(本件の場合は精神疾患)が、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であることを前提として、その精神疾患が就労開始時点で通常期待される職務遂行能力にどの程度の影響を与えるのかという点から判断されることになると考えられます。

 当該ケースですと、就労開始時点において勤務に耐えられないような状態であると判断されれば採用内定の取消しも違法ではないと考えられます。

 一方、就労開始時点で回復可能性が高い場合には、入社時期の繰下げなどによって経過を見つつ最終判断をするなど一定の配慮をすることも検討してみてはいかがかと考えます。

 

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<POINT1.採用内定の法律的な意味>

 採用内定と一口に言っても、会社によって採用内定から就労開始までの間における各種手続、会社と内定者の関わり方などについての態様は様々です。従って、採用内定の法律的な意味もこれら実態に即して決まるものであり、一概には言えません。

 この点について、昭和54年大日本印刷採用内定取消事件上告審判決においては、①会社からの採用内定通知書の送付、②内定者からの会社への誓約書の提出、③会社からのパンフレット等の送付、④会社への近況報告書の提出という一連の事実経過の後に採用内定取消を行ったケースについて、採用内定通知のほかには労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかったことを考慮するとき、会社の募集(申込みの誘引)に対する応募は、労働契約の申込みであり、これに対する会社からの採用内定通知は、申込みに対する承諾であって、内定者の誓約書の提出により、会社と内定者との間に、内定者の就労の始期を大学卒業直後とし、それまでの間、誓約書記載の採用内定取消事由に基づく解約権留保付きの労働契約が成立したものとすると判示しています。

 このような態様の採用内定というのは一般的なものと考えられますので、一般的には採用内定者には解雇権留保付労働契約が成立している場合が多いと考えられます

 

 

<POINT2.採用内定取消ができる場合>

 採用内定により解雇権留保付労働動契約が成立したと認められる場合には、採用内定取消は解雇にあたり、労働契約法第16条の解雇権の濫用についての規定が適用され、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」には、 権利を濫用したものとして解雇(採用内定取消)は無効となります。

 また、先の判例においては、採用内定取消が有効とされるのは、①採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であること、②この事実を理由として採用内定を取り消すことが、解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができる場合にかぎられること、とされています。

 

 

<POINT3.精神疾患を理由とする採用内定取消>

 このような採用内定取消の考え方を基本に当該ケースについて考えてみたいと思います。

 まず採用内定取消が適法と認められるためには、少なくとも採用内定時にその事実を知ることができない、または知ることが期待できなかったことが必要です。したがって、採用面接時に応募者に質問するなどによってメンタルヘルスに関する状態を把握していた場合には、それを理由に採用内定を取り消すことはできないことになる可能性がありますが、当該ケースでは、採用内定後に精神疾患を発症したということですから、この点についての問題はないと考えられます。

 次に検討しなければならないことは、本件の採用内定取消が労働契約法第16条に規定されている 「客観的に合理的な理由を欠き、 社会通念上相当であると認められない場合」 にあたらないかどうかという点です。

 この判断にあたっては、基本的にその精神疾患が就労開始時点で通常期待される職務遂行能力にどの程度の影響を与えるのかということがポイントになろうかと考えます。その影響が軽微なものである場合には、慎重な判断が必要となります。特にうつ病などが軽微な場合には、回復可能性はかなり高く(それでも個人差は勿論ございます)、就労開始時点においては殆ど職務遂行能力に影響を与えないこともあると考えられますので、本人の状態を十分に確認することが肝要です。

 そのうえで、就労開始時点において勤務に耐えられないような状態であると判断されれば採用内定の取消しも、原則として客観的合理性、社会的相当性が認められるこのととなろうかと考えます。

 ただし、当該ケースのような案件については、いまだ参考となる裁判例もなく、最近のメンタルヘルスに対する社会の意識の変化も踏まえれば、就労開始時点で回復可能性が高い場合には、入社時期の繰下げなどによって経過を見つつ最終判断をするなど一定の配慮をすることも検討すべきと考えます。

 

 

《参考となる法令·通達など》

〇労働契約法16条

 

《参考となる判例》

〇大日本印刷採用内定取消事件[最判S54.7.20]

 

※文書作成日時点での法令に基づく内容となっております。