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■採用内定を取り消すことができるか?

 

<Q>

 弊社は小規模ながらも自動車部品の製造業を営んでいます。ここ数年の業績もよく、来春入社予定の内定者も数人人います。

 ところが、昨今の経済状況の悪化により大口の取引先の業績が急激に下がり、下請である私の工場も規模の縮小を余儀なくされてしまいました。

 そこで、やむをえず内定者の採用を取り消したいと思うのだが、できるのだろうか。

 

 

<A>

 採用内定については企業によりその実態が異なり、その法的性質は、こうした実態の相違もあって多くの説に分かれています。

 そのうち、労働契約が未成立とみられるものについては、取消についての合理的な理由が必要ですが、その理由も比較的ゆるやかに考えられるものでしょう。

 もっとも、内定取消の原因が内定者に関係のないものであれば、請求があれば何らかの賠償をしなければならないこともあるでしょう。

 一方、労働契約がすでに成立したとみられるものについては、内定取消は、すなわち解雇にあたるので、行政解釈上は、労働基準法上の解雇の規定が適用されるとされており、また、民事的には合理的な解雇理由等がなければ取消ができませんし、損害賠償の問題もより重大になってくるでしょう。

 ご相談の経営状況や工場規模の縮小がどの程度の重大性や必要性をもつのかわかりませんが、ご質問のような状況において採用内定の取消が有効となるためには、いわゆる整理解雇の有効要件を満たすものでなければならないと解されるでしょう。

 

 

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POINT1:採用内定の取消

 採用内定についての最大の問題は、内定の取消をめぐってのものでしょう。

 ここでは、関係者の利害も鋭く対立し、また、その社会的な注目·影響も大きいものです。 そうしたこともあり、採用内定についての法的な議論もこの「取消」を中心にして発展してきたといえると考えます。

 採用内定を取り消す行為が法的にどういう意味を持つかについて、これまで多くの説が唱えられています。その際、まず問題となるのが、企業と内定者の「採用内定」という状態をどう位置づけるか、です。

 採用内定の法的性質についての代表的な考え方については、採用内定は労働契約の予約であり、労働契約は未成立とする説もありますが、一般的には、内定によって解約権を留保した労働契約が成立し、その効力は入社日から発生するとみられています(一般に、「解約権留保付始期付労働契約」と呼ばれています)。

 つまり、採用内定を取り消すことは労働契約を取り消すことであり、この取消が企業と内定者の合意に基づかず、企業側の一方的な労働契約の解除である場合は、いわゆる解雇と解釈すべきものと考えます。

 企業側の一方的な労働契約の解除についても、その原因・理由が労働者側にある場合と企業側にある場合があります。

 労働者側に原因理由がある場合とは、その企業の労働者として適格性に欠ける事態がある場合などで、企業側に原因・理由がある場合とは、企業経営上やむをえない理由により内定取消(解雇)をせざるをえない場合などです。労働者側、企業側いずれの場合についてもその理由が正当であり、合理的でなければなりません。

 但し、内定段階では具体的な就労が始まっているものではないので、通常の解雇の場合よりも広い範囲で解約権の行使は認められると考えられております

 

 

POINT2:内定取消理由の合理性と損害賠償

 ご相談のような、企業側によるその企業経営上の理由による一方的な内定取消には合理性がなければなりませんが、その基準としてはいわゆる整理解雇の要素といわれているものを参考にすべきと考えます。

 裁判例等によれば、整理解雇の有効要素とは次の事項をいいます。

 

①人員整理の必要性

②解雇回避努力

③解雇者選定の合理性

④手続の妥当性

 

 これらについて、それぞれ合理的に実施されたかどうかを検証しなければなりません。

 さらに、「採用内定の取消対象者に対して事業主が講じる対応の内容」についても判断要素となり得る、と考えます。

 しかし、内定取消について合理的な理由があり、その取消が無効ではないとしても、内定者が取消によって、経済的にも、精神的にも損害を受けた場合には、これに対する損害賠償の問題が発生することが考えられます。賠償については、事前に特約があればそれに従うべきものでしょうが、一般的には、採用内定の実態、取消理由、取消時期等によって判断されると考えます。

 

 

POINT3:採用内定の取消と労働基準法等の適用

 採用内定の取消が解雇とみられる場合には、行政解釈では、労働基準法第20条の適用があり、30日以上前に予告するか、予告できない場合には、それに代えて30日分以上の解雇予告手当を支払わなければならないとされています。

 しかしながら、ー方において、採用内定者はいまだ具体的な就労義務を負うことなく、賃金も支払われていないのであるから労働基準法の適用を受けない旨判示した裁判例(電信電話公社事件[大阪高判S48.10.29])もあり、これと同旨の学説も有力に示されているので、今後も引き続き裁判例の動向などには注意しておく必要があると考えます。

 

 

POINT4:採用内定取消の防止

 平成20年の秋以降、急速に悪化した経済情勢において、採用を内定していた新規学卒者に対してその内定取消を行う企業が続発したことから、厚生労働省は、職業安定法施行規則を改正し、次のような内容の採用内定の取消に関する対応をとっています。

  1. 公共職業安定所(ハローワーク)における事案の一元的把握と迅速な対応を図るため、新規学卒者の採用内定取消を行おうとする事業主は、公共職業安定所および施設の長(学校長)に通知するものとすること
  2. 新規学卒者の内定取消を行おうとする事業主は、厚生労働省人材開発統括官が定める様式(この様式には、内定取消者数、内定取消を行わなければならない理由、内定取消の回避のために検討された事項、対象学生等への説明状況、対象学生等に対する支援の内容等を記載することとなる。)により、公共職業安定所に通知するものとすること
  3. 厚生労働大臣は、内定取消の内容が、厚生労働大臣が定める場合に該当するときは、学生生徒等の適切な職業選択に資するよう、その内容を公表することができるもの

とされており、公共職業安定所は、管轄区域定にある学校に、公表された情報を提を供するものとされています。

 

 この「厚生労働大臣が定める場合」とは、内定取消の内容が、次のいずれかに該当する場合です(但し、倒産により翌年度の新規学卒者の募集・採用が行われないことが確実な場合を除く)。

  • 2年度以上連続して行われたもの
  • ー同一年度内において10名以上のさ謝者に対して行われたもの(内定取消の対象となった新規学卒者の安定した雇用を確保するための措置を講じ、これらの者の安定した雇用をすみやかに確保した場合を除く。)
  • 生産量その他事業活動を示す最近の指標、雇用者数その他雇用量を示す最近の指標等にかんがみ、事業活動の縮小を余儀なくされているものとは明らかに認められないときに、行われたもの
  • 次のいずれかに該当する事実が確認されたもの
    • 内定取消の対象となった新規学卒者に対して、内定取消を行わざるを得ない理由について十分な説明を行わなかったとき
    • 内定取消の対象となった新規学卒者の就職先の確保に向けた支援を行わなかったとき

 

※文書作成日時点での法令に基づく内容となっております。

 

 

<参考となる法令·通達など>

●労基法12条、20条、26条

●職安則17条の4、35条

●平21.1.19厚労告5

●平5.6.24発職134

 

<参考となる判例>

●大日本印刷事件[最判S54.7.20]

●電々公社近畿電通事件[最判S55.5.30]