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■内々定の取消しは可能か???

 

<Q>

 当社は、入社希望者に5月に内々定通知を出し、入社承諾書を提出してもらったが、経営状況の悪化により内々定を取り消そうと考えている。こちらとしては、正式な内定を出していないため、内々定の取消に問題はないと考えているが、いかがなものか?

 

<A>

 「内々定」の場合は、通常、他企業への就職活動の禁止やか誓約書の提出の義務づけ等を伴わず、法的効果を生じるような確定的な約束がなされるわけではないので、一般的には、その取消によって、取消を行った者が何らかの法的責任を負わなければならないものではないと考えられます。

 ただし、内定決定直前の取消であるなど一定の事情がある場合には、期待権を侵害するものとして損害賠償の責任が生じる場合も考えられます。

 

 

<POINT1:採用内定の取消の法的性質について>

 まず、採用内定の取消についての法的な考え方について、詳しくは後日ご紹介させていただきますが「採用内定を取り消すことができるか」について簡単に触れます。

 

 採用内定の内容は、企業によって異なっており、必ずしも一概には言えませんが、一般的には、

 採用内定によって、

①就労開始は学生の卒業後一定時期(多くは4月)という「始期付き」の

②内定後、就労開始までの間に、内定通知書に記載された事由に該当するときは解約することがあるという「解約権留保付き」

の労働契約が成立する、とされています(大日本印刷事件[最判S54.7.20])。

 

 したがって、通常、採用内定を取り消すということは、条件付きとはいえ、すでに成立した労働契約を使用者側から取り消すということですから、「解雇」に該当することになります。

 「解雇」に該当するということは、『解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。』(労働契約法第16条)の適用を受けることになり、基本的には従業員を解雇する場合と同様、解雇が相当であるという客観的、合理的な理由を必要とするということになります。

 

 

<POINT2:内々定の取消について>

 採用内々定とは、法的に定まっているわけではありませんが、一般的には、日本経団連が発表している「新規学卒者の採用選考に関する企業の倫理憲章」において、「正式な内定日は、10月1日以降とする。」とされていることから、それ以前に行う内定の前段階の取扱いをいいます。

 

 「内々定」の場合は、通常、他企業への就職活動の禁止とか誓約書の提出の義務づけ等を伴いません。

 

 

 したがって、通常、法的効果を生じるような確定的な約束がなされるわけではなく、「内定」のように「始期付き解約権留保付労働契約」 が成立していたと評価されるような状態に至っていないと判断されるケースが多数であろうと考えられます。

 

 「内々定」が上記のようなものである場合には、その取消によって、 取消を行った者が何らかの法的責任を負わなければならないということにはならないと考えられます。

 

 但し、例えば内定式の日程も通知され、「内定」が行われることは確実であるといった状況に至った後の「内々定」の取消は、内々定者の期待権を侵害するものとして、損害賠償の責任が生じる場合もあり得ます。

 

 裁判例においては、以下に紹介するとおり、「内々定」は、「内定」のような法的な効果を生じるものではないとしつつ、内定式直前の内々定取消は内定者の期待権を侵害するものとして、損害賠償を命じたものがあります。

 

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《コーセーアールイー事件[福岡高判H23.3.10])

 

〔判決要旨〕

1.本件内々定によって労働契約が成立しているかについて

 被告は、倫理憲章の存在等を理由として、同年10月1日付けで正式内定を行うことを前提として、被告の人事担当者名で本件内々定通知をしたものであるところ、内々定後に具体的労働条件の提示、確認や入社に向けた手続等は行われておらず、被告が入社承諸書の提出を求めているものの、その内容は、内定の場合に多く見られるように、入社を誓約したり、企業側の解約権留保を認めるなどというものでもない

 

 また、被告の人事担当者が本件内々定当時、被告のために原告との間で労働契約を締結する権限を有していたことを裏付けるべき事情は見当たらない

 

 したがって、本件内々定は、正式な内定(労働契約に関する確定的な意思の合致)とは明らかにその性質を異にするものであって、正式な内定までの間、企業が新卒者をできるだけ囲い込んで、他の企業に流れることを防ごうとする事実上の活動の域を出るものではないというべきであり、原告も、そのこと自体は十分に認識していたのであるから、本件内々定によって原告主張のような始期付解約権留保付労働契約が成立していたとはいえず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

 

2.期待権侵害あるいは信義則違反の有無について

 認定事実からみる限り、原告が、夏期賞与のカットや退職勧奨等の経営改善策に着手していたにもかかわらず、原告への内々定の取消しの可能性がある旨の情報が伝えられないというような被告の対応によって、被告から採用内定を得られること、ひいては被告に就労できることについて、強い期待を抱いていたことはむしろ当然のことであり、特に、採用内定通知書交付の日程が定まり、そのわずか数日前に至った段階では、被告と原告との間で労働契約が確実に締結されるであろうとの原告の期待は、法的保護に十分に値する程度に高まっていたというべきである。

 

 それにもかかわらず、被告は、同月30日ころ、突然、本件取消通知を原告に送付しているところ、本件取消通知の内容は、建築基準法改正やサブプライムローン問題等という複合要因によって被告の経営環境は急速に悪化し、事業計画の見直しにより、来年度の新規学卒者の採用計画を取り止めるなどという極めて簡単なものである。

 

 また、原告からメールによる抗議を受けながら、原告に対して本件内定取消しの具体的理由の説明を行うことはなかった

 

 以上のように、被告が内々定を取り消した相手である原告に対し、誠実な態度で対応したとは到底いい難い

 

 そうすると、被告の本件内々定の取消しは、 労働契約締結過程における信義則に反し、原告の上記期待利益を侵害するものとして不法行為を構成するから、被告は、原告が被告への採用を信頼したために被った損害についてこれを賠償すべき責任を負うというべきである

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《参考となる法令·通達など》

〇労働契約法6条、16条

 

《参考となる判例》

〇大日本印刷事件[最判S54.7.20]

〇コーセーアールイー(第2)事件[福岡地判H23.3.10]

 

 

※文書作成日時点での法令に基づく内容となっております。