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■採用内定者がSNSに投稿することを制限できるか

 

<Q>

 採用内定者が内定先企業の情報をSNSに投稿し問題になった事例があった。

 そのため、当社の採用内定者には、当社の内定者であることや、当社の内部情報などをSNSに投稿しないようにさせたいのだが可能か。

 また、当社が投稿を禁止した情報を採用内定者がSNSに投稿した場合、その者の内定を取り消すことは可能か。

 

<A>

 採用内定者が企業の内部情報等をSNSに投稿することを禁止することは可能

 企業の内定者であること等、企業名を明らかにしてSNSに投稿することも禁止することは可能。

 禁止に反して投稿された場合の採用内定の取消しは、その投稿内容が企業の内部情報の漏えいにあたる場合や、投稿内容が企業の信用等に悪影響をおよぼすものであれば可能

 また、個人的な意見等の投稿が炎上し、本人だけでなく採用先の企業まで特定されたような場合は、その投稿された内容からして将来の従業員として適切な人材であるか否かという観点から判断することになると考えます。

 

 

<POINT1.SNSへの投稿による企業への影響>

 従業員がSNSに企業秘密に属することを投稿することは禁止の対象となる企業の名誉、信用を棄損するおそれのある情報や一般に公表されていない企業内部における情報についても投稿禁止の対象になる。

 また、従業員のSNSへの投稿により、企業への悪影響等が生じる場合がある。 例えば、企業名を明らかにし、あるいは簡単に企業名が明らかになるようにして、SNS上で当該企業が販売する商品やサービスの価値を下げる言動をすることが考えられる。商品やサービスを称賛し優れた価値をもつものとして宣伝することも、内容いかんで反感を買い逆効果になることもある。こうした従業員によるSNSへの投稿が企業の権利を侵害し、企業の社会的評価を下げることもあるため、これらの行為を禁止することは企業秩序の維持の観点からも必要と考えられます。

 

 

<POINT2.SNSへの投稿と勤務先企業の特定>

 企業名を明らかにしない投稿も、内容によっては炎上し、投稿者が特定されるとともに勤務する企業まで明らかにされ、当該企業にまで批判が向かうことがある、と考えられます。

 例えば、有名人がある企業に来社したといった投稿は、当該企業を特定したいという欲求にとどまらず、有名人のプライバシーを侵害するような投稿をする従業員の勤務先企業を明らかにするといった動機もあると考えられます。

 また、投稿の内容が思想、信条、人種、宗教、ジェンダー等に関する差別的な内容である場合は炎上しやすく、実名のアカウントでなくとも何らかの手がかりから個人を特定し、勤務する企業まで特定されることもあります。

 

 

<POINT3.SNSへの投稿に関するガイドラインの作成と社員に対する周知>

 従業員に対しSNSへの投稿が会社の利害にかかわる場合があることを十分周知する必要があります。SNSを利用する場合のガイドライン(以下「ガイドライン」という。)を作成し、ガイドラインの中で、SNSに投稿してはならないものとして、従業員としての守秘義務に反する情報、会社の名誉、信用を棄損するおそれのある情報、公表されていない企業の内部情報等を明示することになります。

 就業規則に、ガイドラインに違反した場合の懲戒処分について規定しておくことも必要となります。個人的な意見等の投稿であっても、個人情報やプライバシーに関する情報、炎上しやすい社会的なテーマに関する意見等は、勤務先企業が特定されて批判される場合もあることも理解してもらう必要があります。

 

 

<POINT4.採用内定者に対するSNS利用上の注意>

 採用内定者の場合、従業員にくらべれば、企業秘密に属する情報や公表されていない企業の内部情報等を投稿する危険性は少ないと考えられます。また、企業から採用内定通知を受け、当該企業に勤務することを予定している場合は、当該企業に関しネガティブな意見等を投稿することは通常はないと考えられます。

 しかし、全く可能性がないということはないため、採用内定者がガイドラインに反するような投稿をした場合の対処も考えておく必要があります。問題となった事例としては、平成23年に某大学生が性犯罪事件に関して女性側に問題があるとする意見を投稿したというものがあります。投稿内容が不適切であるとして炎上し、過去の投稿内容などから本人が特定されるとともに、某企業に採用が内定していることも明らかにされ、当該企業にも電話やメールが殺到するといった事態が生じています

 採用内定者に対してなすべきことは、ガイドラインについて説明し、入社後はガイドラインを遵守してもらうことから、入社前であってもガイドラインに十分注意してSNSを利用すること、個人的意見等の投稿であっても内定先企業が特定される場合もあることなどについて周知徹底することです。

 この点の周知の有無は、後述の採用内定の取消しの有効·無効の判断にも関係してきます

 

 

<POINT5.採用内定の法的性格と取消事由>

 従業員がガイドラインに反するSNSへの投稿を行った場合は、就業規則に基づく懲戒処分を行うことができます

 けん責・戒告から解雇に至るまでの各種の処分が考えられますが、懲戒権の濫用にあたる懲戒処分や解雇権の濫用にあたる解雇は無効とされるので(労働契約法15条・16条)、労働者の行為の性質・態様や企業が受けた損害の程度等に照らしバランスを欠いた処分をしないよう留意する必要があります。

 採用内定者がガイドラインに反する投稿をした場合、従業員と異なり、講ずることができる措置は採用内定の取消ししかありません。採用内定の法的性格は、採用内定通知の段階で、就労の始期を大学卒業直後とし、一定の取消事由に基づく解約権が留保された労働契約が成立したものと考えられています(大日本印刷採用内定取消事件[最判S54.7.20]。労働契約の効力は採用通知に示された採用の日に発生するとするものに、電電公社採用内定取消事件[最判S55.5.30])。

 解約権については、採用内定者から徴求する誓約書等に内定の取消事由を記載し、これに基づき行使することになります。

 取消事由としては、大学を卒業できなくなったこと、履歴書等の記載内容に事実と異なる点があること、健康状態が悪化し勤務に耐えられないと認められること等があります。「その他の事由により入社後の勤務が不適当と認められるとき」といった幅広く判断できる事項も記載されることが一般的であり、SNSへの投稿がガイドラインに反する場合は、その他の事由として判断されるものと思われます。

 採用内定の取消事由は、前記最高裁判決によれば「採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であつて、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的に認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる」とされ、これに該当しない事実を理由とする内定取消しは、解約権の濫用として無効となります。

 

 

<POINT6.SNSへの投稿と採用内定の取消し>

 企業秘密に属する情報、企業の名誉・信用を棄損するおそれのある情報や一般に公表されていない企業内部における情報をSNSに投稿した場合は採用内定を取り消しても解約権の温用にはならず、無効とされる可能性は低いと考えます。

 また、企業名を明らかにして行われる投稿が炎上した場合については、投稿された内容からして将来の従業員として適切な人材であるか否かという観点からも判断することになります。

 個人の意見等の投稿が炎上し、採用が内定している企業名まで特定されてクレームを受けたような場合も、当該投稿された意見等の内容の評価の問題であると思われます。

 当該意見等の内容が社会的な常識とかい離しているようなものであれば、将来の従業員として不適切であり、入社後の勤務が不適当と認められると判断してさしつかえないと考えます。

 なお、採用内定者に対し事前にガイドラインの内容を周知することは、採用内定の取消しの有効性を補強することにもなるため、遺漏なく行われる必要があると考えます。

 

 

※文書作成日時点での法令に基づく内容となっております。

 

 

《参考となる法令·通達など〉

・労働契約法15条、16条

 

《参考となる判例》

・大日本印刷採用内定取消事件[最判S54.7.20]

・電電公社採用内定取消事件[最判S55.5.30]