· 

■喫煙を理由に不採用とすることはできるか?

 

<Q>

 当社の社長は、永年喫煙愛真好家だったが、健康を害したこともあって、数年前から禁煙し、さらに禁煙を社内で取り組ませようと、今年から会社を全館禁煙とした。

 このことを受けて、来年の採用から喫煙しない者に限定して採用しようと思うのだが、問題ないか。

 

<A>

 近年、「喫煙しないこと」を採用条件の1つとする会社が見られるようになりました。

 企業には採用の自由が広く認められており、喫煙しないことを採用条件の1つとすることについては、法律その他による特別の制限がないかぎり、認められるものと考えられております。

 なお、労働安全衛生法第68条の2では、職場の受動喫煙を防止するための措置を講ずることを努力義務としていますが、厚生労働省から、この関係規定に基づき、企業が取り組む受動喫契煙防止対策において参考となると考えられる事項が通達によって示されておりますので、次にPOINTとともにご紹介していきます。

 

 

<POINT1.採用の自由>

 企業の採用の自由について、最高裁判例では「憲法は、思想、信条の自由や法の下の平等を保障すると同時に、他方で、財産権の行使、営業その他広く経済活動の自由をも基本的人権として保障している。それゆえ、企業には、経済活動の一環として行う契約締結の自由があり、自己の営業のために、どのような者を、どのような条件で雇うか、について、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由に行うことができる。」(三菱樹脂事件[最判S48.12.12])としており、企業には採用の自由が広く認められています。

 したがって、喫煙しないことを採用条件のひとつとすることは、法律その他による特別の制限がないかぎり、認められるものと考えられます。

 ただし、従業員が喫煙した場合の対応を処分を含めどうするか、現在喫煙者である従業員の取扱いをどうするかなどの課題が生じるので、あわせてこれらの課題に適切に対処する必要があると考えます。

 

<POINT2. 採用の自由に対する制限>

 この採用の自由を制限する法律には、次のものがあります。

  ①労働組合法(7条1号)

  ②障害者の雇用の促進等に関する法律

  ③雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(5条)

  ④労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(旧雇用対策法)(9条)

 また、直接法の規定に違反していなくても、採用しないことが、民法第90条の公序良俗に反すると判断される場合には無効となり、さらに、民法第709条の不法行為として判断される場合には、損害賠償責任を負う可能性が高いと考えます。

 

<POINT3.喫煙の自由>

 他方、喫煙の自由についても議論等がありますが、最高裁判例では、在監者(刑務所や拘置所などの刑事収容施設に身柄を拘禁されている人)に対する喫煙の禁止の合憲性(憲法13条)が争われた事件において、「煙草は生活必需品とまでは断じがたく、ある程度普及率の高い嗜好品にすぎず、喫煙の禁止は、煙草の愛好者に対しては相当の精神的苦痛を感ぜしめるとしても、それが人体に直接障害を与えるものではないのであり、かかる観点よりすれば、喫煙の自由は、憲法13条の保障する基本的人権の一に含まれるとしても、あらゆる時、所において保障されなければならないものではない。したがって、このような拘禁の目的と制限される基本的人権の内容、制限の必要性などの関係を総合考察すると、前記の喫煙禁止という程度の自由の制限は、必要かつ合理的なものであると解するのが相当」(国家賠償請求上告事件[最判S45.9.16])であるとして、必要かつ合理的な制限を受ける旨判断しています。

 この判例は、「在監者」の喫煙についての判断ですので、ただちに一般化することはむずかしいと考えますが、社会の流れが禁煙に向かっていると見られる中、一考するものが示されているのではないかと考えます。

 

<POINT4.職場の受動喫煙防止対策>

 職場の受動喫煙防止対策については、労働安全衛生法第68条の2の規定により、事業者は、室内またはこれに準ずる環境における労働者の受動喫煙(健康増進法第28条第3号に規定するもの)を防止するため、当該事業者および事業場の実情に応じ適切な措置を講ずるよう努めるものとする、とされています。

 厚生労働省では、受動喫煙の防止を重要な政策課題ととらえ、通達(平27.5.15基安発0515第1)を発出して、各事業場が受動喫煙防止対策に取り組むための参考事項を示していましたが、健康増進法の一部改正が平成31年1月24日から順次施行されていることを踏まえ、同法と労働安全衛生法第68条の2と相まって、健康増進法に規定された事項を含め、事業者が実施すべき事項を一体的に示し、対策の一層の推進を図るため、「職場における受動喫煙防止のためのガイドライン」(令和元年7月1日基発0701第1号)を策定し、その周知徹底、適切な指導を進めています。

 このガイドラインには今後、職場における受動喫煙防止のために各事業場が取り組むべき事項等が網羅されていますので、本設問とは直接の関係はありませんが、参考としてそれらの概要を以下の(1)から(6)としてご紹介します。ただし、これはあくまでも概要ですので、具体的な取組等にあたっては厚生労働省のホームページ等でガイドラインの全文をご確認ください。なお、喫煙と労働者の募集·求人の申込みの関係については(3)の(イ)の(f)にご留意ください。

(1)趣旨等〔省略〕

(2)用語(ガイドラインで使用している「施設の『屋外』と『屋内』」、「第一種施設・第二種施設」、「喫煙目的施設」、「既存特定飲食提供施設」、「特定屋外喫煙場所」、 「喫煙専用室」 および「特定たばこ専用喫煙室」)の定義〔省略しますが、必要に応じ、ガイドライン全文でご確認ください〕

(3) 組織的対策

 (ア)事業者·労働者の役割

 事業者は、衛生委員会等の場を通じて、労働者の受動喫煙対策についての意識・意見を十分に把握し、事業場の実情を把握したうえで、各々の事業場における適切な措置を決定すること。

 労働者は、事業者が決定した措置や基本方針を理解しつつ、 衛生委員会等の代表者を通じる等により、必要な対策について積極的に意見を述べることが望ましいこと。

 (イ)受動喫煙防止対策の組織的な進め方

  (a)推進計画の策定

     事業者は、受動喫煙防止対策を推進するための計画(中長期的なものを含む。)を策定することなど

  (b)担当部署の指定

 事業者は、対策の担当部署やその担当者を指定し、対策にかかる相談対応等を実施させるとともに、各事業場における対策の状況について定期的に把握、分析、評価等を行い、問題のある職場について改善のための指導を行わせるなど、対策全般についての事務を所掌させることなど

  (c)労働者の健康管理等

 事業者は、対策の状況を衛生委員会等の調査審議事項とすること。また、産業医の職場巡視にあたり、 対策の実施状況に留意することなど

  (d)標識の設置 維持管理

 事業者は、施設内に喫煙専用室、指定たばこ専用喫煙室など喫煙することができる場所を定めようとするときは、その場所の出入口など見やすい箇所に必要な事項を記載した標識を掲示しなければならないことなど

  (e)意識の高揚

 事業者は、労働者に対して、 受動喫煙による健康への影響、 防止措置の内容、健康増進法の趣旨等に関する教育や相談対応により、対策に対する意識の高揚を図ることなど

  (f)労働者の募集および求人の申込み時の対策の明示

 事業者は、労働者の募集と求人の申込みにあたっては、就業場所における受動喫煙を防止するための措置に関する事項を明示すること(明示の内容としては、例えば、施設の敷地内または屋内を全面禁煙としていること、特定屋外喫煙場所や喫煙専用室等をもうけていることなどがあること)

 (ウ)妊婦等への特別な配慮

 事業者は、妊娠している労働者、呼吸器·循環器等に疾患をもつ労働者など受動喫煙による健康への影響を一層受けやすい懸念がある者に対して、次の(4)、(5)に掲げる事項の実施にあたり、受動喫煙を防止するために特に配慮すること

(4)喫煙可能な場所における作業に関する措置

 (ア)20歳未満の者の喫煙専用室等への立入禁止など

 (イ)20歳未満の者への受動喫煙防止措置

  (a)勤務シフト、勤務フロア、動線等の工夫なとど

  (b)喫煙専用室等の清掃における配慮など

    清掃作業は、室内に喫煙者がいない状態で換気により室内のたばこの煙を排出した後に行うことなど

  (c)業務車両内での喫煙時の配慮(同乗者の意向を配慮)

(5)各種施設における受動喫煙防止対策

 (ア)第一種施設・第二種施設

 健康増進法に規定された第一種施設(原則敷地内禁煙)と第二種施設(原則屋内禁煙)に応じた措置を講じなければならないことなど

 (イ)喫煙目的施設·既存特定飲食施設

 事業者は、受動喫煙防止のために喫煙目的室をもうける施設の営業について広告·宣伝をするときは、設置施設であることを明らかにすることなど

(6)受動喫煙防止対策に対する支援

 事業者は、前記(5)の(ア)の第二種施設、(イ)の既存特定飲食施設についての措置に対する費用の一部の助成などの支援制度についての活用について、所定の機関等に相談ができること

 

 

※文書作成日時点での法令に基づく内容となっております。

 

 

≪参考となる法令 通達など≫

・憲法13条

・労組法7条1号

・障害雇用法37条以下

・均等法5条

・労働施策総合推進法9条

・民法90条、709条

・安衛法68条の2

・健康増進法28条

・令元.7.1基発701第1

 

≪参考となる判例≫

・国家賠償請求上告事件[最判S45.9.16]

・三菱樹脂事件[最判S48.12.12]